064 『和でも洋でもない姫』
「あ、起きたわね」
目覚めると、レイアと目が合った。
「あぁ、よかったです。お身体のほう、大丈夫ですか?」
そう言って、心配そうに依織が駆け寄ってきて顔を覗き込んでくる。
「あぁ、身体はなんとも無いさ。けど、お前ら、いつも言うけどもう少し考えて行動してくれよ……」
もはや気絶からの復帰はいつものことだし、特に身体に違和感も無い。ただ、それでも勘弁して欲しいと思うし、できるならもっと落ち着いて欲しいところだ。
「仕方ないじゃない、あいつが突然あんなことしだすんだもの……」
「はい、いきなり抱きつくなんて、破廉恥です。全く何を考えてるんですか……」
言い訳染みたことをいう二人だが、抱きついてくることは勿論、尾で巻きついたり、蜘蛛脚で押し倒したりと、それぞれもっとひどいことをやってる自覚は無いのだろうか。
「はぁ、まったく……」
……言い寄られる俺がひたすら鉄の精神を鍛える羽目になっているというのに。
「そこは受け入れてくれればいいんですよ?」
ニコリと微笑んで言う依織。心を読むな。
というか、分かってるならもう少し加減して欲しい。確かに二人に好意はあるけれど、まだ責任も何も取れないような状態で、しかも二人のどちらかも選べていない優柔不断なときに、そういうことに及びたくない。
「まったく、へたれね……」
だから心を読まないでください。
……レイアにまで読まれるとは、そこまで分かりやすい顔をしていたのだろうか?
さておき、この話はやぶへび以外の何者でもなさそうである。
「というか、奈々のやつは? それによく考えたら、お前らその身体は……。」
辺りを見回すも、奈々の姿が見えない。
今更だが、二人の身体は普段の蛇と蜘蛛のものに戻っていた。隠すそぶりのないその姿を見れば、彼女達が人でないことは一目瞭然に分かってしまうだろう。
「あぁ、それなら大丈夫よ。あたし達だって、ばれたらあんたが面倒になるぐらいは分かってるもの」
「どの口でそんなこというんです。指示は私、やったのは空亡さんで、あなたは何もしないで彰さんの傍にいただけじゃないですか」
「傍にいるのも大切な作業の一つよ!」
ふふんとその大きな胸を張るレイアと、蜘蛛脚と手をすくめてやれやれと嘆息する依織。レイアが何もやってないのに偉そうなのはいつものことなので、依織もそれ以上は言うつもりはなさそうである。
「なるほど、空亡が色々やってくれたわけか」
言われて見れば奈々だけでなく、彼女の姿も無い。残念になった空亡がやってきたときと同じように、奈々を眠らせてくれたということだろう。働きたくないと公言していたが、それで面倒ごとが増えるぐらいなら、しぶしぶながら動いてはくれるのだ。
「はい、空亡さんに少し操ってもらい、奈々さんにはお家に帰っていただきました。ですから、私達のこの姿は見られていませんのでご安心ください」
「いや、操ってって……。後遺症とかは前のときも問題なかったかもしれないが、帰り道とか大丈夫なのかよ?」
「そんなの心配ないでしょ、空亡が一緒に行ってるんだから。事故どころか、災害があっても一切危険は無いはずよ。家に行って遊んでくるとか言ってたし、空亡はあの娘のこと気に入ってるんだから怪我とかさせないでしょ」
なるほど。一応、二人の話を聞く限りは大丈夫なのかもしれない。そう思うと、起きたばかりなのに、どっと疲れてきた。
「はぁ、どうにか、乗り切ったって訳か……」
奈々に、レイアと依織、あと空亡を紹介するというイベントを。いずれする必要があると分かっていたが、いきなりだったせいでどうなることかと思った。
危なげはなく……はないけど、それでもどうにか致命的なことをバレずに終われたのは僥倖だろう。良好な紹介とはいかなかったし、後日色々面倒なことを聞かれたりはするかもだが、それだけですんでよかったと思おう。
――ピーン、ポーン。
そんなことを話していると、チャイムがなった。
「空亡さんが帰ってきたのでしょうか? それにしては、少し早い気がするのですが……」
時計を見て、首を傾げる依織。送って帰ってくるだけならよくても、遊んできたにしては早い時間、ということなのだろう。
「空亡なのかもしれないが、普通の人かもしれないんだから、俺が出るべきだろ。奈々にバレなくても、セールスとかで来た一般人にバレたら寧ろそっちの方が大変だろうしな」
二人を残し、玄関へと向かう。
そして、扉を開けた先に待っていたのは、想定外の存在だった。
「は……?」
――目の前に姫がいた。
赤を基調に青、金、白、と様々な色で染められたり模様の付けられた、カラフルな衣装。
スラリと延びたその長身に纏っているのは、足元を引きずるほどに長い布などを幾重にも重ねたり、帯や金属、数珠のようなもので飾られた、依織の和装とはまた別ベクトルの豪奢な格好。雰囲気としては、遊牧民の晴れの衣装というような感じだ。
帯を重ねたような布の帽子から伸びるのは、ひと房に束ねられた栗色のポニーテール。
顔や手先などの、布に覆われてないところから覗くのは、軽く日に焼け健康的ながらも、しみなどは一切ない薄い褐色の肌。
そして、琥珀のような茶色がかった瞳は力強く、ともすればキツイ印象を与えてしまいそうな野性味のある整った顔つきからは、高貴さと気高さが醸し出されている。
その印象を表すのなら、姫――ただし依織のような淑やかな和の姫やレイアのような西洋の令嬢、といったものではなく、遊牧の徒の戦姫、とでもいうところか。
そして彼女は、俺の顔を見ると満面の笑みを浮かべ、口を開いた。
「会いたかったぞ、彰! さぁ今からオレと結婚するぞ!」
そんな爆弾発言と共に飛び込んでくる少女。けれど、その勢いを俺は受け止められない。
「ごふっ!?」
跳ね飛ばされて空中を舞う寸前、俺は見た。
翻る遊牧服の裾から覗くのが、腕や顔と同じ薄い褐色の肌をした脚――、ではなくその髪色のように栗色の毛を生やし、蹄を付けた馬の脚であったことを。
――ケンタウロス。
そんな魔物を思い浮かべながら、俺は本日二度目の強制的な眠りに付くのだった。
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