061 『俺と彼女達の下半身事情』(第一部完)

「なるほど、最初に彰さんの子を授かれば、正妻と……」


「えっ、いや依織、お前何を……?」


 ぼそりと、考え込むような依織の声が聞こえた。


「いえ、こちらの話です。そうだ彰さん、少しお願いしたいことがありまして、ちょっと一緒に私の部屋まで来ていただけますか?」


「えっ、いや、まだ身体も戻ってないんだから……」


 そんなことを言われてもまだ俺の身体はまだ脛辺りまでしか出来ていない。とうてい立ち上がることはおろか、歩くことなどはできない。


「いえいえ、焦らされるというのも悪くありません。それに身体が戻るまでに、私の身体の準備をしていただければ。動けないのなら、私が運んでいきますのでご心配なく。それでは――」


「ちょっと、そこの発情蜘蛛……! あんた、彰を部屋に連れ込んで何をするつもりよ……!」


 依織が俺の身体を持ち上げようとしたところで、彼女の手を尾が弾き飛ばす。


 怒りの形相で依織を睨みつけるレイアがそこにはいた。ただ、その顔は何故か少し赤くなっている。


「あなたには関係が無いじゃありませんか。彰さんは私の母様に、どんなことがあっても私を幸せにしてくれると誓ってくれました。つまりは、親の前で愛を誓ってくれということであり、即ちプロポーズをしてくれたということなんですから」


「なっ、彰あんたいつの間にそんなことを……!?」


「ですから、あなたには関係のないことです。これは私と彰さんの問題なのですから」


 ねぇ、と俺に同意を求めるように依織がこちらを見てくるが、この状況でそんなことできるはずが無い。そもそも依織のことは好きだけれど、あの時のことはプロポーズだなんて考えてもなかった。


「くっ、待ちなさい! あんたがそんなこというなら、あたしだってそうよ! あたしがここに戻ってきたのはこいつと、彰と暮らす為なんだから! ママが彰を婚約者として認めてくれたからこそ、この国の作法に倣って嫁入りの道具まで一度帰って準備してきたのよ!」


「それがどうしました? あんなもの、あなたとあなたの母が勝手に決めたことではありませんか。言っておきますけど、私はあの時あなた達が何を話していたか知ってるんですよ、糸で聞いてましたから。あなたが帰ってくる前に、既成事実を作るのは失敗してしまいましたがね」


「なっ、盗み聞きなんて、趣味が悪いわよ……! というか、あんた今既成事実って言ったわね? それなら彰はあたしのファーストキスの相手なんだから、その、そういうことする立場にあったって、おかしくないはずよ……! ねぇ彰、あんたもそう思うでしょ……!?」


「えっ、その、それは、確かに、俺もあんなことされたのはあれが始めてだが……」


 蜘蛛の繭から助けたとき、お礼と言ってされた頬への口付け。俺にとって生まれてこの方、キスなどされたのはあれが初めてであり、とても印象に残っている記憶ではある。


「なんですって、彰さんの唇を……!? くっ、私だってまだそんなことしていませんのに……! 悔しいですが認めましょう。確かに、あなたは私が倒すべき存在のようです……!」


 驚愕とともに悔しそうに声を上げる依織。

とてもじゃないが、唇じゃなく頬にされたんだなんて言える状況ではない。


「今の言葉で底が知れたわね! あんたなんか所詮あたしの敵じゃないのよ、依織……!」


「いいでしょう、彰さんを部屋にお連れする前に、まずはあなたと決着をつける必要があるようですね……!」


「ふん、出会ったときのやり直しってわけね。いいわ、勿論受けて立つわよ……!」


 もはや俺を置き去りにして二人で盛り上がり、その脚と尾を駆使して戦いだす依織とレイア。


「いや、二人とも……」


 声をかけても、全く聞こえていない。……どうしてこうなった?


「まぁよいではないか。それより、確か手紙は二枚あったはずだろう? もう一枚には何と書いてあるのだ? お主があれを止められるというなら、あちらを優先しても構わぬが」


「よいではないかって、全くよくないからな。流石に二人とも加減はしてると信じたいが……」


 そう返しながら、空亡の言うとおりもはやあの二人に割って入ることなどできないので、二枚目の手紙の方を開く。こちらは一枚目と違い、俺だけに宛てたものだった。


『彰へ。


母さんがいたので、一通目に書けなかったことをこっちに書いておく。


 実は十六歳の誕生日を迎えると、うちの家系は何かと人外の女性達との出会いが多くなるらしい。偶然にしても出来すぎなぐらいに、縁が出来るようになるんだ。


例えば、僕と母さんの出会いなんて、曲がり角での衝突だしね。


そして僕も実際、母さんと結ばれるまでは色んな相手と知り合った。今回こうして旅行に行ったのも、各国にいる友人達に会いに行くのが目的の一つなんだ。


 それで、ここからが重要なんだけど、その縁が出来るのは力を受け継がせるまでは、ずっと続くらしい。


 だから、もし彰が漫画みたいに可愛い女の子に囲まれての生活をしてみたいんだったら、手を出すのを我慢していけばハーレムだって夢じゃない。


こうして僕が母さんと旅行に行った一番の理由が、お前にその男の夢を果たす機会を上げることだからね。僕らは一年ほど出ているつもりだから、その間好きに過ごすといい。


 では、我が息子よ、お前の健闘を世界のどこかで祈っているよ。


とても息子に理解のある父より』


「ほほう、ではもしかしたら我の封印が解けたのも、その縁を作る力のせいなのかも知れぬのう。子をなすのに必要な縁を作るとは理にかなってはおるが、つくづく面白い力であるな」


「いやいやいや、俺はハーレムなんて目指すつもりは無いぞ……!」


 確かに依織とレイアのどっちつかずな態度を取ってしまってはいる。だが、それは二人のことが同じぐらい大切なせいであって、ハーレムなんてものを作るつもりは全く無い!


「だが、すぐに決められるわけもなかろう。このままでは更に新たなおなごがお主のまわりに集まってくるのでないか? うむ、ならばいっそ、力を無くす為に我が一肌脱いでやろうかの」


「いや、お前は何を……!?」


「なに、礼はいらぬ、先ほども言ったが我としてもお主のことは好いて折るゆえにな。んむ、身体ができるというのは少々おかしな感覚であるが、これならば我も事を成すことができるの」


 空亡は俺の手を取ると、その力で腰から下を作り出す。以前空亡が自身の力で生み出したのと同じ、ぷにぷにとした子供特有の柔らかな脚を伸ばす下半身を。


そして彼女はそのまま俺を押倒し、腹に跨ってきた。


 その生み出されたばかりの空亡の下半身には当然ながら何の覆いも無く、服装と対照的な白い肌色をした身体が、そしてその未成熟な大事な部分までもが完全に曝け出されている。

柔らかなそのぷに脚の感触も、その下にある剥き出しの俺の脚を通して伝わってくる。


「何をとは、分かりきったことを。ナニ、に決まっておろう?」


「ちょっ、おまっ!?」


 にやりと笑って空亡は、腹の上から後ろにずれていく。その先には俺の身体があった。


 空亡と同じく、出来たばかりの下半身には、下着やズボンなどあるはずも無い。


「愛人でも良いと思っておったが、このような絶好の機会を逃すというのは、いくらなんでも勿体無きことであるからな」


「いや、待て、止めろ、早まるな……!」


 必死で払いのけようとするが、残念になっても空亡は空亡。人間の俺が払えるような力ではない。いつか神社でされたような、(性的な意味で)絶体絶命というべき状況。


 そんな時、唐突に玄関の扉が開かれた。


「久しぶり彰、やっと退院できたから挨拶に来たわよ。それで実は伝えたいことがあるんだけどさ、あのわたし実は彰のことが――、って、なにやってんのあんた!?」


 顔を俯けながら入ってきた幼馴染は、意を決したように顔を上げて驚愕に目を見開く。


 玄関を開けたら下半身全裸の幼女に押し倒され、馬乗りされているなど誰が想像できようか。


「おぉ、我が巫女ではないか。うむ、丁度良いところに来た、お主も共にやらぬか?」


「えっ、神様……? どうして、そんな、あれは夢じゃ……? それより、なんで神様が彰と? というか、一緒やるって何を、まさか……」


「そんなもの見れば分かろう? ナニ、である。お主も彰のことを好いておるのだろう? 我だけで楽しむのもいいが、我が巫女であるお主と三人でやるというのも一興であろうからの」


「そ、そんな。まだ、わたしにはそういうのは早いっていうか。あ、けど、このチャンスを逃したら、またきっと後悔することに。なら、もういっそ……!」


 状況に飲まれてか、頭の悪い提案にごくりとのどを鳴らして、真剣な表情をする奈々。


「いやまて、なんでそこで考え込むんだよ!? そもそも俺の意思を少しは尊重してくれよ! どう見ても嫌がってるって分かるだろうが……!」


そんな俺の言葉も聞こえないように、奈々は空亡に誘われるまま俺の元へと近寄ってきた。


結局、絶体絶命な状況は変わらず。むしろ奈々の登場で事態は更に酷くなっただけである。



「ちょっと、そこで何をやってるんですか!?」


「あたし達が目を放した隙に、空亡とそんなことをしてるなんて……!」


 それを助けたのは、またあの時と同じ二人。

戦っていたはずの依織とレイアが恐ろしい形相でこちらを睨みつけている。


「むぅ残念だ、気づかれてしまったか。流石にこの状況では楽しめそうに無いの」


「えっ、なにあの娘達の身体、人間じゃ――ぁっ……?」


「そして、流石にあやつらの姿まで見られると面倒なことになりそうだ。こちらから誘っておいてすまぬが、我の快適な生活の為に少し眠ってもらうぞ」


 そう言って空亡はあっさりと俺の上から離れると、戸惑う奈々の気を失わせて抱きかかえる。


こうして、貞操の危機は去った。けれど、そのきっかけとなった当の二人は今も変わらずこちらを睨み続けている。どうやら助かったと思ったのは間違いだったらしい。


「彰さんっ!」


「彰っ!」


 少女達が怒りのこもった声で俺の名を呼ぶ。助かったのではなく脅威が変わっただけである。


「いや、待て、落ち着け! 俺は何にもやってない……!」


 釈明しようにも、聞く耳持たず。片やその八本の蜘蛛の脚を鋭く響かせて、片やその鱗に覆われた尾を素早く伸縮させて、依織とレイアがこちらに駆け寄ってくる。


「あぁもう、どうにでもしてくれ……」


 もはやこれまで、と諦めたまま立ち尽くす俺。


「くくくっ、このような嘆きを見るのも、また一興であるな」


奈々を抱いたまま上半身だけでふわりと浮かぶ空亡が、半球を片手に面白そうに声を上げる。


「……本当に、どうしてこうなった?」


もしも何処かに神がいるのなら教えて欲しい。どうしてこんなことになったのかを。

蜘蛛と蛇、果てはそもそも存在しない、そんな下半身の少女達を相手にどうすればいいか。


「俺はこれから、どうなるって言うんだ……?」


その貞操も含め、俺と彼女達を巡るこの下半身事情は誰にも分かるはずもない。


唯一つ断言できるのは、これから先もこの騒がしい日々が続いていくことだけである。



<第一部完>




――――――――――――――――――――――――――――


これにて本編完結です。

ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

……実のところ、レイアさんメインの第二部もありはするのですが、需要はあるかどうかが疑問なところ。

一部と違い駆け足で書いていったモノのため、中盤からできがちょっと、、、という。

もし要望があるようでしたら別枠にするか、そのまま続けて行くかで、何かで乗せていこうと思います。

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