042 『レイアの魔族講義』

「まず魔族は、その生まれから大きく三つに分けられるの」


 そう言うと、レイアは指を三本立て、そのうち一つを折り曲げる。


「まず、一つ目は『血統』。言葉通り、両親の子として生まれた血筋がある魔族ってことよ。基本的に血が濃い、代を重ねた魔族は能力も強くなるものだから、強力な魔族が多いわね。魔交界に参加するような貴族は、ほぼ血統の魔族よ」


「なるほど、つまりレイアはこれあたるわけか」


 「えぇそうよ」と俺の言葉にうなずくと、レイアは二本目の指を折り曲げ話しを続ける。


「で、二つ目は『変化』。これは、もともと魔族でなかったものが魔族に変化した場合よ。これは色々あるんだけど、例えば人間でも分かるぐらい有名なのは吸血鬼とかかしら」


「あぁ吸血鬼に血を吸われた奴も、吸血鬼になるってやつだな。何かの影響を受けて魔族になったのが、変化ってことか。なんとなくだが、イメージはしやすいな」


 そういうものだと、吸血鬼のほかにゾンビなんかも含まれるのかもしれない。まぁ実際のゾンビは、創作で出てくるようなものではないという話もどこかで聞いた気もするが。


「それだとちょっと違うわね。勿論そういうのも含まれはするんだけど、それだけじゃなくて魔術を極めて魔族に転生した人間や、長い年月をかけて魔族に至った物や動物なんかも変化には含まれるから。一番身近なところだと、この家なんかもそうらしいわよ」


「この家? いや、ごく普通の一軒家だぞ、ここは? どこが魔族だっていうんだよ?」


「まぁそう思うのも無理は無いわ。あまり力はないみたいで、あたしもママに言われて気が付いたぐらいだもの。まだ姿を出したりはできないみたいだけど、この家を快適に過ごせるように整えてるそうよ。ずっとここで暮らしてるなら思い当たる節はないの?」


「あー、言われてみれば……」


まず思い至ったのは風呂場のこと。


 何故か湧き出る温泉に、一切痛まない風呂回り。そもそも考えてみればこの家でどこか痛んだり補修したところなど見た覚えが無い。つまり、レイアの言葉を信じるならばそれらの管理は全て、この家自身がやってくれていたということだ。


「付喪神ってやつか。なんというか、ありがたいやつだなぁ……」


 しみじみと、柱を撫でる。

家が魔族だった、なんて言われて驚きはした。けれど、それ以上に感謝の方が大きい。


「ちなみに、うちの屋敷は敷地内で実体化して、メイドとして働いたりもしてくれてるわ」


「屋敷が実体化してメイド、だと……!? 素晴らしいな……! もしや、この家もそのうちそうなったりするのか……!?」


 家を全て取り仕切ってくれるメイドさん。なんという夢の存在……!

 ある意味メイドっぽい依織はいるんだけれど、やはりメイドというものには憧れがある。メイド服のスカートとガーターの組み合わさった絶対領域は、見果てぬ浪漫の一つと言えよう。


「流石にそれはないと思うわよ。そもそも、うちみたいに魔族の屋敷でもなく、ただの人間が暮らしているだけの家が変化するなんて普通はないんだから。って、話がずれてるわね、まぁ変化についてはこれぐらいにしておいて、三つ目よ」


 自分で言ってて気が付いたのか、家に関する話を切り上げて、最後の指を折り曲げる。


「最後の一つは『発生』。元になるものが何も無く生まれてくる魔族よ」


「元になるものが無いのに生まれるって、いくらなんでもそれは無茶がないか……? そんなことがあるなら、色々大変なことがおきまくると思うぞ。生まれたばかりなら、人から隠れるなんてことも知らないだろうし」


 この科学全盛期の時代、いきなり人間や既存の動物とは明らかに違う魔族が現れたりしたら大騒ぎになるだろう。そして、もっと魔族の存在が人間に知られているはずだ。


「そうでもないのよ。発生で生まれた魔族は、生まれた時点で完全な身体と意識、更にその時代やその種族として必要な知識についても持っているんだから」


「うーむ、それならあんまり見つかったりはしない、のか……?」


「そもそも発生で生まれる魔族自体、今ではほとんどいないってこともあるしね。で、その発生で生まれたと思われる魔族が、多分だけどあの空亡や――」


「依織、ってわけか。なるほど、それで最初の無くす記憶が無いって話に繋がるわけか」


 レイアの言葉を引き継いで得心する。つまり依織が発生で生まれた魔族なら、知識はあっても自分が今までどうしていたのかが分からない、何でもできる記憶喪失という状況に説明がつくということか。ようやく、彼女がこんな話をした理由が分かった。


「そのとおり。だから、考えるだけ無駄なことだと思うのよね。元から無い記憶なんて、どれだけ探しても見つからないんだから」


「だったら、解決策なんてどうするんだよ? 実際、依織がおかしくなった理由の心当たりなんて、俺にはこれぐらいしかないぞ?」


「むぅ、それは……」


 俺の言葉にレイアも口を閉じ、難しい顔をする。悩んでいるせいか、その尾にも力がこもってきた。


「つーか、悩むのはいいが、そろそろ本気で苦しくなってきたから、離してくれ……」


「あっ、ごめん、つい……。なんかあんたに巻きつくと、落ち着くのよね」


 そう、実は俺は先ほどから、――具体的にはこの部屋に入ったときから、彼女の尾に絡みつかれていたのである。




「はぁ、巻きつくのはいいが、流石に加減はしてくれ……」


 ようやく尾から開放されて一息つく。


 依織の様子がおかしいと言うレイアだが、俺からすれば彼女の方も戻ってから様子が変だ。


 まず、何でもかんでも反発する事が少なくなった。家事の手伝いを慣れないながらもしてきたり、食事のときのカップ麺みたいに、自分だけで無く俺や依織のことも気にするようになったりもしている。そして、今のように巻きついたりすることが何故か増えた。


総じて、付き合いやすくなったという感じで、依織と違って悪影響はあまり無い。


「まぁやたら巻きついたり、スキンシップが多くなったのは少々困るがな……」


ただ、それはそれで役得であるし、止めるよう言えば解いてはくれるから問題ない。


「というか、俺自身もちょっと変わっちまったしな……」


 元々俺は脚に魅力を感じるフェチ的なものがあった。だがそれは勿論、二本の人の脚に対するものである。そしてレイアや依織の手を繋いだ際に生まれる脚は俺にとって理想とも言うべき素晴らしい脚であるが、その本来の姿は蛇と蜘蛛の身体であり守備範囲外であった。


「なのに、最近それが嫌じゃないというか、な……」


 レイアの尾や依織の蜘蛛脚が二人にとっての脚であると認識したせいか、それもまた魅力的に思えるようになってきてしまったのだ。レイアの尾の鱗の艶が、そして依織の細長い蜘蛛足の一本一本などがとても綺麗だと、触れてみたいと思うほどに。


現に、先ほどレイアに巻きつかれたときも、彼女の脚である尾に締め付けられるというだけで、少し気持ちよくなってしまったのだから、我ながら結構相当に末期になっている気もする。


「結局のところ、俺も二人との生活で変わったってことか……」


 そう、変わったのは依織やレイアだけではなく俺もなのである。二人に比べたら大したことのないうえに、喜ぶべきか嘆くべきかも分からない微妙な内容ではあるのだが。


「――そうよ、悩みがどうかなんて関係ないのよ!」


 そんな風に俺が最近の変化について考えていると、考え事に没頭していたレイアが唐突に声を上げた。それもマンガなんかだと電球マークが頭に浮かぶ、名案を思いついたという風に。


「なら、どうするっていうんだ?」


 ろくでもない内容を予感しながら、俺は考えを中断して彼女の案を聞いてみるのだった。

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