036 『闇の十二支』

 俺が空亡と戦った場所。

二人に助けられるまでいた場所に俺が戻ると、先ほどと同じように向かいに空亡はいた。


「ふむ、ようやく来たか、まちくたびれたぞ。時間を与えるとは言ったものの、やはり待つというのは我の性にはあわぬな。ただ我から言った手前、反故にするわけにはいかぬしの」


 待ちくたびれたと言いながらも、どこか嬉しそうに苦笑する空亡。


幼い少女姿の空亡が俺のことを心待ちにしていた。それだけ聞けば、可愛らしいものかもしれないが、当然そんな生易しいものではない。彼女にとっては暇つぶしでも、こちらにとっては命がけの戦いなのだから。


「待たせて悪かったな。だが、その分退屈はさせないように頑張るさ」


「しかしそう言うわりにはお主だけしかおらぬようだが? 先ほどお主を助けた仲間はどうしたのだ? まさか、お主をのこして逃げたというわけでは無かろう?」


「さぁな。それを俺が言ったらつまらないだろう? 折角お前がくれた時間で練った、とっておきの作戦なんだ、じっくりゆっくり考えて味わってみたらどうだ?」


 実際は深い作戦なんか無い。俺の役目はただの時間稼ぎなのだから。これで空亡が考えこんで時間をくれたら嬉しいのだが、当然ながらそううまくはいかないだろう。


「くくくっ、面白い。ならばせいぜいその誘いに乗って、楽しませてもらうとしよう」


「できれば、なるべくお手柔らかに頼むぜ。荒事は得意じゃないんでな」


「悪いが、その望みは聞けぬな。戯れであっても、あまりに手を抜いてはつまらぬからのう」


 言いながら、空亡は手元で浮かべていた半球を、持ち上げ天に掲げた。


「では、まずは場を作るとしよう」


「なっ――!?」


 次の瞬間、ぶわっ、と半球から無数の黒い板のようなものが上に飛び出してきた。思わず身構える俺を無視して、板は神社の敷地内へ放射状に伸びていく。


「また同じように逃げられては興醒めだからの。どうだ、これなら逃げられはせぬし、我らの戦いの邪魔になることも無かろう?」


 周囲に広がった板は放物線を描くように等間隔に地面に突き刺り、半球から伸びたところで纏まり束ねられている。黒い板で半球形に檻のように囲われたこの場は、まるで鳥篭のようだ。


「さて、こうして場も整えたことだ、それでは始めるとするか。まずはほんの小手調べ、確認からゆくとしよう。これぐらい、難なく凌いでくれねばつまらぬからの」


 空亡は掲げていた半球を手元に下ろす。そして、そこから先ほど幾度と無く戦わされた黒い獣が現れる。空亡の支持を受け、獣はこちらに襲い掛かってきた。


「さっきと同じってことなら、同じようにやるまでだ……!」


 獣がこちらに辿りつく前、足元に落ちているそれを拾うと獣へ振りぬき消し去る


「そういえばそこに落としておったのう。なるほど、その為に同じ場所へ現れたということか」


 俺の手元、そこに握られた刀を見て得心と語る空亡。

神断ちのけんではないが、この刀は空亡へと通じる武器なのだ。これが何であれ、効果があるなら使わない理由が無い。


「おまえが持っていっていないか、内心不安だったがこの場にあってくれて助かったぜ」


「なに、約束したのだから当然だ。言っただろう、我はこの場を動かぬとな?」


 なるほど、文字通り一歩たりとも動いていなかったというわけか。災厄の化身というような存在なのに、変なところで律儀なやつだ。


「しかしまぁ、またその刀でというのはつまらぬの。同じような繰り返しでは飽きが来るものだ。なあ、お主もそう思うだろう?」


「それを言ったらお前もじゃないのか? その獣を出して、こっちに襲わせてるだけだろ? 折角だし、ここは気分を変えて、全く違うことに変えて仕切り直しとかしてみないか? できることなら、穏便な内容で」


「なるほど、言われてみればそうだの。――では、これではどうだ?」


 そう言いながら、空亡が生み出したのは十二の黒い異形。しかも、これまでのおぼろげな獣とは違い、それぞれが確固とした形を伴っている。


――鼠、牛、虎、兎、龍、馬、羊、猿、鳥、犬、猪。


闇を固めたような黒い十二支が、俺の前には広がっていた。


「おいおい、冗談だろ……」


 思わず、言葉が漏れる。


たった数体でも苦労していたのに、それが今度は十二体。しかも大きさだけは普通の動物と同じだが、明らかに前の獣よりも格段に手ごわそうな怪物たちが、である。


「縁起物とされる干支。それを我が生み出すなど、なんともちぐはぐで面白かろう? さぁ同じ演目ばかりは飽いたというお主の求めは聞いてやったぞ。これをどう切り抜けるか、今度はお主が我を楽しませておくれ?」


 その声と共に、十二支が一斉に襲い来た。

 牛、馬、羊、猪、はその巨体を生かしそれぞれ別方向から突進を行ってくる。


「うおっ!? 危なって、痛ッツ!?」


 なんとか四匹の獣の突進を避けたさきで、足元に痛みが走った。

見ると、いつの間にか忍び寄っていた兎と犬が俺の脚に噛み付いている。


「このっ――ひはぁん!?」


 足元に対して刀を振るおうとすると、服の中を何か小さな獣が這い回ってきた。そのくすぐったさで力が抜けてしまう。これは、鼠の仕業か……!


「なっ!? お前っ!?」


 力が抜けた瞬間を見計らったように、猿が俺の手元の刀に手を伸ばす。奪われまいとするが服の袖から現れ手を齧る鼠と、空から急降下してきた鳥に顔を突かれ思わず手を離してしまう。


「がっ!?」


武器が奪われた――、そう思った瞬間、背中から凄まじい力で押し倒される。

背後に回っていた虎がその巨体で、俺に後ろから覆いかぶさってきたのだ。


「くっ、この……!」


 振り払おうとするが爪が身体に食い込むだけで、虎の巨体はびくともしない。

更に、そんな俺の目の前に、いつでもその命を奪うことが出来るとでも言うように巨大な龍の顎が開かれた。


 ――こうして、流れるような連携に、俺は瞬く間に捕らえられてしまったのだった。





「いくらなんでもお主、それはあっけなすぎぬか……?」


「無茶言うな!」


 拍子抜けというように空亡が言うが、どう考えても勝てるわけがない。

一対十二という時点で不利なのに、それぞれが特性を生かして連携する怪物を相手にして、どうやって戦えばいいというのか! いくらなんでも無茶振り過ぎる……!


「うぅむ、しかし、これではいくらなんでもつまらぬの……」


「つまらないって、どう考えてもお前の過剰戦力が原因じゃないのか、この結果は? つーか、そもそも、出してる生き物が違うだけで、やってることはさっきと変わらないだろ、これ……!」


 もはや自分が絶体絶命ということも忘れて、理不尽さに抗議する。


戦力もそうだが、内容もだ。敵が強くなって難易度が無理ゲーになっただけで、結局今までどおり生み出した怪物に襲わせてるだけ、根本的には何も変わっていない。


「むぅ、言われてみれば、確かにそうかもしれぬな。ではとりあえず、仕切りなおすかの」


 そう言って空亡が手を振ると、俺を捕らえていた十二支たちが一斉に消え去った。


「おぉっ!? 分かってくれたか!」


 自棄で言った文句だったのだが、予想外に事態が好転してくれた。背中を押さえる虎や眼前の龍がいなくなったおかげで、身体に所々痛みはあるものの立ち上がることができた。


「うぅむ、どうしたものか……? こうしてみると、新たな戦い方というものはなかなか思いつき辛いものよな。のう、お主は何か案はないのか?」


「いや、それを俺に聞くのかよ……。しかし、新しい戦い方、勝負方法ねぇ?」


 正直なところ、そんなことを聞かれても困ると言いたかった。けれど、少し考えて自分の命のかかったこの状況で、俺がその方法を提案できることの大きさに気づく。


 うまく空亡の説得が出来れば、俺の望む穏便な内容で戦えるのだ。しかし、そもそもこのまま空亡が悩んでいてくれるなら、それだけで目的の時間稼ぎは果たせるともいえる。


「穏便で、けどすぐには決まらない案……」


 危険の無さそうな、それでいて更に色々考えて悩む余地のある案。荒唐無稽かもしれないが、そんなものがあれば理想だろう。


「……ゲーム、とか?」


「む、げぇむ、とはなんのことかの?」


 俺の提案を空亡が聞き返す。そもそも、ゲームが何かが分からないようだ。考えてみれば、数百年以上も封印されていたんだから、現代用語を知らないのも仕方ないだろう。


「あー、そっちに分かるようにいうと、遊び、遊戯ってやつだ。子供が遊ぶ鬼ごっことかでもいいし、将棋や囲碁みたいな盤を使うようなものでもいいからさ」


「なるほど、確かに直接戦いあうのではどうあっても我とお主では差がありすぎる、遊戯で戦うというのは良さそうであるな。そうなると、肝心となるのはその内容かの……」


「その辺はそっちに任せるさ。俺はかまわないから、よく考えて楽しそうなのを吟味してくれ」


 そう言って空亡に細かいことを丸投げする。

このまま内容で悩み続けてくれるのが、なによりもありがたい。できれば依織達が結界を用意するまでそうしてくれていたら助かるのだが、流石にそこまでうまくはいかないだろう。

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