059 『酷すぎる目的』

「それで空亡、一体なにを話すつもりなんだ? できれば、どうしてお前がまたここに来たのかとかも教えてくれると助かる」


「うむ、だがその前に、薬を飲んでおくがよいぞ。あのときと同じく我の力がかかっておるゆえ死ぬことはないが、いつまでもそのままでおるわけにもいくまい。どうやら、時間がかかるものらしいしの」


 そう言われて分断されていた身体の先を見ると、以前空亡にされたときと同じようにその断面には黒い靄がかかり、血が流れることはおろか痛みすらも無い。


「なるほど、その為に彰の身体を切ったわけね。はい、彰、こぼしたりしないでよ」


「ん、ありがとう。っと、あー、やっぱ苦いな、うん」


 苦味に顔をしかめながらも、レイアから人魚の秘薬を受け取って飲みきる。あとはこのまましばらく経てば、ここ数日望み続けた手で作ったものではない下半身が戻ってくるはずだ。


「では改めて、まずは我が何故こうして生きているのか、そこから話すとしよう。まぁ簡単に言うと我は滅びぬのだ、この国に人がおる限りは」


 開口一番、空亡が言ったのなんだかRPGのラスボスみたいなことだった。


「滅びぬって、あの半球や刀みたいに本体を砕かれたら、滅ぶんじゃなかったのか?」


 いや、こうしてここでまた話しているのだから、滅んではいないのか? けれど空亡自身、俺に滅ぼされかけたとか言ってたような気がする。


「む、確かにそれはそうであるのだが、何と言ったものか……。そうだな、滅びはするが、滅んだところで、人がおる限り幾度でも蘇ると言ったところかの」


「滅んだところで蘇る? なら、俺があの刀になったお前を砕いて滅ぼしたから、こうしてまた蘇って戻ってきたって言うのか?」


「うむ、そのとおりだ。そもそも我があのように封じられておったのは、滅ぼしたところで意味が無い故にだろうしの。そして、お主の家が代々その身に我が半身を封じておるのも、万一我がこうして再び蘇った際に、その力をそいでおく為であろうよ。蘇ったというのに、いまだ我は半身を失ったままであるからな」


 そう言って空亡は手に持った半球を撫ぜる。力を半分失っていたせいで、その本体が半球になっていたということか。


「だが、なるほど……」


 倒しても蘇る相手なら封じればいい。そして万一蘇ったとしてもその力を半減する為に、その半身を別の場所に封印するというのは理にかなった考えである。


「とまぁ、これが我がこうしてここにおる訳なのだが、よいかの?」


「あなたが何故生きているかは分かりました。ですが、それでどうしてこの家に来ることにつながるのですか? 私達に害意が無いというのなら、復讐というわけでもないのですよね?」


 依織の指摘はもっともだ。空亡がこうして蘇った理由は分かった。けれど、それで何故ここにくるのか。滅ぼされた復讐の為と言うのなら、空亡らしくない気はするが理解は出来る。だが、そうでないなら何故だというのか。


「それで始めの言葉に戻るわけだ。我は彰に約束を果たしてもらいに来た、というな」


「いや、だからその約束ってのが分からないんだが。俺、お前と何か約束なんかしたか……?」


 どれほど思い出そうにも、浮かんでこない。そもそも空亡とあったのは、一週間前と二週間前、そして今の三回だけなのだから、忘れていたということはないと思うのだが。


「ふむ、約束というよりは提案というべきだったか。ほら彰よ、お主は散々言ったであろう、我が誰にも害を与えなければこの家の一員として迎え入れると?」


「いや、確かに言いはしたが、全部お前は断ったじゃないか。それとも、気が変わってそれを受けるために来たとでも言うのかよ?」


「うむ、そうだ。我は何もせぬ、ゆえにここで暮らさせてもらいにきたのだ」


「マジかよ……」


 あれほど拒否し続けていた提案を、あっさりと受けるという空亡。まさかと思って聞いてみたことが、本当に当たっていたなど予想外だ。


「でも、存在理由として無理とか言ってなかったか? 災いや嘆きを振りまくことが、存在する意味だからって。いや、本当に受けてくれるっていうんなら歓迎するんだが……」


けれど、一体全体、どういう心境の変化だというのか。

流石にいくらなんでも、信じられない。『我が我である限り無理』とまで言った誘いを、こうも簡単に受けるなんて。


「まぁそう思うのも仕方ないの。だが、先ほどは蘇ったと言ったが、厳密には今の我は以前の我とは違うのだ。ある意味では転生ともいえるかも知れぬな」


「どういうことだ……?」


「なに、単純な話だ。かつての我は今より遥か昔、戦乱の世の人の邪念を受けて産み落とされたが、今の我は現代の平穏なる世に生きる人の邪念から出来ておるのでな。つまり、記憶は引き継いであれども、元になった思いが違うゆえに、その考えは変わっておるということだ。一度滅んだおかげで、この時代の知識も得ておるしの」


「で、今のお前の考えでは、俺の元で暮らすのは問題ないってことか」


 確かに、最初から少し感じていたが、空亡の雰囲気がどこか以前よりも柔らかくなった気がする。気分の違いかと思ったが、それは彼女が一度生まれ変わったからということか。


「うむ、今の我には何においても叶えたい目的がある。そしてその為には、お主の誘いを受けるのが、もっとも早い方法なのだ」


「叶えたい目的……? って、まさかあんたも彰のことを……!?」


「そういうことですか……! それなら確かに、ここに住まうのが最も早いです……!」


 なにやら二人で勝手に納得した様子の依織とレイアに対し、その考えを読んだのか空亡は首を振ってそれを否定する。


「いや、おぬし達の予想は多分違うぞ。勿論、我としても彰のことは好いておるが、そのためにあの提案を呑むのではないからの」


「だったら、お前は何をするつもりなんだ? 隠すつもりが無いのなら、教えてくれ」


 そして、もしそれがやはり以前と同じく最悪な目的であったなら、なんとしてでも俺はそれを止めないといけない。


「よかろう、ならば教えてやろう。今の我が何より望み、そしてそのためにお主の誘いに乗ろうとも決めた、崇高なる理由を――!」


 そう前置いて、空亡はその目的を高らかに宣言した。



「 働 か ず に 暮 ら す こ と だ !!」



「「「えっ?」」」


 その言葉に、意図せず俺達は揃って戸惑いの声を上げる。

 聞き間違いか……? いくらなんでも、あんまりすぎる内容が聞こえた気がするんだが……。


「あー、すまん、空亡、今なんて言った……? 悪い、ちょっと上手く聞き取れなかったみたいだ、もう一回言ってくれるか……?」


「うむ、構わぬぞ。今度はしかと、その耳に刻み付けるがよい!」


 三人の意思を代表して、もう一度空亡にその目的を言ってもらうよう頼む。彼女はそれを快く快諾し、もう一度その目的を宣言する。


「 働 か ず に 暮 ら す こ と だ !!」


その言葉は一字一句、先ほどと全く同じ。まるでダメ人間が望むような目的であった。


というか、聞き間違えじゃなかっただと……!?


――――――――――――――――――――――――

年末ですし、もう残りも少ないので本日中に完結まで一気に更新しきります。

よろしければ、年腰の暇つぶしにでもお読みいただけると幸いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る