050 『彼女の悪夢と先祖の業』
『しっかりと味わってくださいね、私の記憶。あの娘の見ていた夢を。そして、あなたの祖先が私にしたことを』
そんな言葉で目を覚ます。
いつの間にか、壁に繋がれていた。薄暗い中に蝋燭の火が灯るそこは、先ほどと同じ石部屋なのだが、どこか雰囲気が違う。
――ここは一体?
そう呟こうとするも、声が出ない。いや、そもそも、身体がまるで自分のものではないかのように動かない。
「さて、今日でもう三日だ。そろそろ俺のものになるつもりにはなったか?」
声を発したのは時代がかった着物姿の男。その姿を見ると、何故か吐き気を催すほどに憎しみがわいてくる。
「いいえ、何度も申しましたが、私はあの方以外の元に嫁ぐ気はありません」
男に答えるのは毅然とした女性の声。
それはなんと、俺の口から発されていた。勿論、俺はそんなこと言おうともしていない。自分の意志では動かない口が、勝手に動いているのだ。
「ほぅ、ではこれでも同じことを言えるか?」
腹部に激痛が奔る。男が持っていた刀を突き刺したのだ。
「ッ、何をされようと、私の思いは変わりません……!」
その声はまたも俺の口から出た。痛みに苦しみながらも、そこには強い意志があった。
どうやら俺は、この鎖につながれた女性になっているらしい。感覚も、意識も、そしてその思考さえも、俺は彼女のものを体感しているようだ。最初の声から察するに、これが依織の見ていた夢、彼女の言った記憶ということか。
――そう理解すると同時、より一層俺は女性の意識と一体化していく。
「さて、いつまでそんな強情が張れるか」
「いつまでも、ですよ。このぐらいの傷、どうということでも――なっ、どうして?」
所詮は刀傷、この程度なら人外の身なれば痛みはあっても身体に支障はない。そのはずが、まるで流れ落ちるかのように、自らの命が消えうせていく。
「これは我が家に伝わる妖刀でな、刺し貫いた妖の力を吸い取る刀なのだ。故に、これの前では妖も傷はすぐには治らぬ、寧ろ力を吸われる分ただの痛み以上に苦しいだろう」
「どうしてそんなものを……」
「かつてこれを造った俺の先祖は、妖を嬲ることを好んでいたらしくな。力を封じる鎖なども用意し、ここで幾体もの妖に刃を突きたてその命の一滴までも刀に吸い上げたそうだ」
なるほど、この澱んだ空気はそれが原因か。身体を捕らえる鎖も、こうして嬲る為に用意されたもの。この場所はこうして自分達妖を弄ぶ為に用意された隠し部屋というわけだ。
「悪趣味な……!」
「ふん、別に俺はお前を殺そうなどとは思ってない。少し素直になるよう、躾をしておるだけだ。妖を娶るのは構わぬが、やはり俺に釣り合うのは相応の器量を持ったものでないとな」
「はっ、あなたが私に釣り合うなど冗談でもありません!」
「ふぅ、この俺に見初められることが、どれだけありがたいか理解しておらんのか」
「そんなこと、私にとっては災難でしかありません! そもそも、私には既に夫がいるのです!なのに、それを無理やりこんなところに……!」
このような男に言い寄られること自体、虫唾が走る。自分の立場を利用してこのような場所に連れ、こうして辱めているような男に誰が好意を抱くというのか。
「夫か、そういえばあいつもなかなかに強情だったな。身の程をわきまえず、お前を解放しろとうるさくてかなわなかったぞ。まぁもはやそんなこともないがな」
「まさか、あの人に……!?」
「くくく、実際に見たほうが早いだろう。そのつもりで、わざわざここまで運んできてやったのだからな。そら、久々の対面だ、喜ぶがいい」
そう言って、男が持ってきていた小さな袋を開く。
「っ、ぁっ……!?」
袋の中から出てきたのは、ずっと会いたいと思っていた愛しいひとの、けれど決して見たくなかった変わり果てた姿、――最愛の夫の生首だった。
「あまりに鬱陶しいので手打ちにしてやったのだ。しかし、考えて見ればこうしてお前の未練を断ち切るという意味では良かったのかもしれんな」
こいつは、何を言っているのだろうか?
「これでもうこいつに義理立てする必要もなかろう、さっさと俺のものになると誓うがいい」
「――る」
「ん、なんだ、聞こえんぞ? ほら、もっと大きな声で言え」
「――してやる」
殺してやる。こいつは、絶対に殺す。何も罪などないあの人を、ただ鬱陶しいというだけで、私が欲しかったというだけで、殺したこんなやつなど、死んでしまえばいい……!
「はっ?」
「――死ね!」
声を聞くため近づいてきた男の首もとを、唯一自由になる口で噛み千切る。
「ぎやぁあああああ!? 貴様、何を……!? おっ、俺の、首が……!?」
血の流れる首下を押さえ、男が絶叫し転げまわる。
一撃で殺すつもりだったのに、うまくいかなかった。
「殺す、殺す、殺す……」
けれど、殺してやりたいのに、地面に転がる男に私は何も出来ない。蜘蛛としての能力は身体を縛る鎖によって使えず、手脚も男には到底届かない。
「よくもやってくれたな……! 俺が優しくしてれば付け上がりおって。貴様など、もういらん! そんなにあいつが好きならば、同じ場所にいかせてやるわ……!」
目を血走らせた男は、床に落ちていた刀を取ると、それを私の首物へ振り下ろす。
避けることも、防ぐことも適わない私は、ただ男に憎しみを込めて言葉をつむぐ。
「呪ってやる、末代先まで、未来永劫、お前の子孫全てを……!」
そして、刃によって首が落とされる。
その瞬間まで、私の心は、憎しみだけで埋めつくされていた。
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