152 『終わりと始まり』

「しかし、どうしてうちに……?」


「ふふっ、丁度良い寄り代を見つけましたの。それで、折角ですからご挨拶をしておこうかと」


「寄り代?」


「えぇ、私がこの地で動くのに丁度良い器がいましたの。それも、丁度この町に。まるで運命のような、何かの導きとも思えませんこと?」


 楽しげに語るヘルだが、残念ながら言っていることはいまいち理解できない。

ただ、一つ気になることができてしまう。


「なぁ、その寄り代、器ってのはなんなんだ?」


 器。寄り代。

 つまるところ、彼女がここで動くための身体、ということなのだろう。

 ただの人形や骨董品のようなものであればいい。だが、先程彼女は『器がいた』と

言った。つまり、それは生き物で、そして俺の予想が正しければ、それは……。


「えぇ、お察しの通り人間ですわ。ですが、それに何の問題が?」


「それは、駄目だろ。物とかならまだしも、人の身体を、そんな勝手に使うのは」

寄り代として彼女に使われる人間は、堪ったものじゃないだろう。


 いくら彼女が神だとしても、俺にはそれが正しいとは思えない。


「真っ直ぐで素敵な答えね。けれど、勘違いされるのはどうにも悲しいものだわ。弁明させてもらうために、この手を取ってくださらない? そうすれば分かってもらえるはずよ」


「手を取るって、それで何が分かるって言うんだよ……?」


 そう思いながらも、差し出されたヘルの白い手を取る。

 瞬間、慣れ親しんだ感覚が伝わる。以前のように、彼女の脚は傷一つない美しいものになっていることだろう。ただ、ひとつ違和感があった。


「ん?」


 口では上手く言い表せないのだが、何か違うのだ。先程までの気品とでもいうような、鋭く張った糸のような気配があったのだが、今の彼女にはそれが一切ないのだ。なんというか、ごく普通の何処にでもいる女の子のような雰囲気というか。


「あぅ。そっ、その……」


「おっ、おい、どうしたんだ……?」


 オドオドと、まるで怯える小動物のように固まり、声を震わせるヘル。顔や姿は全く同じでも、まるで別人にしか思えない。ただ、手を取っただけだというのに。身体は変わっても、それ以外には何も変化なんてないはずなんだが。


「わ、わたし、嫌がってなんか、ない、です。その、むしろ、ヘル様には、感謝して、ます。……もう無理ですっ、これでもういいですよねっ!?」


 途切れ途切れに、まくし立てるように言い切ると、ヘルは俺の手を振り解いて、後ろに飛び退く。そして数秒顔を赤くして、涙眼でこちらを見ていたかと思うと、最初と同じ気品に満ちた状態に戻った。


「やっぱり、手を取るとこうなりますか」


 納得顔で頷くヘルだが、俺には何がなんだか全く分からない。


「えっと、今のはなんなんだ……?」


「貴方が言うように、釈明をしてもらっただけですわ。この寄り代の娘に、ね。あなたのその手、脚が人になるということなら、脚を通じて寄り代としている私は戻ると思いましたが、予想通りでしたわね」


「なるほど……。でも、さっきのが寄り代の娘ってことは、確かに嫌がっては無いみたいだけど、どうしたんだ、あの娘は」


 いくらなんでも怯えすぎというか何というか。ヘルに脅されている、という感じではなかったが、挙動不審過ぎないだろうか。


「あぁ、あれはただ人見知りなだけですわ。この娘、ずっと家や病院にいたせいで、家族や医者以外の人と話す機会がほとんどなくて。まったく、私が繋がったことで病は治ったというのに、これでは学校へ通うことも先が思いやられますわ……」


「学校って、そういえば、その制服」


「えぇ、あなたと同じところです。折角の同年代なのですから、同じ学び舎に通うのも面白そうでしょう? 脚が治ったこの娘の社会復帰としても役立ちますし、我がことながら良い考えですわ」


「奈々が転校生って言ったのはそういうわけか。しかし、どうやってそんなことを」


「幸いなことにこの娘の家は裕福なようでしたから。自分で立つことも出来なかった娘が、自らの脚で歩き、学校に行きたいと願えば二つ返事で準備を整えてくれましたわ、――と、ここまでのようですわね」


「どうした?」


 いきなり言葉を切ったヘルに俺が問いかけると同時、廊下から飛び出してくる三つの影。


「ちょっと、彰、大丈夫……!」


「一体、なにがあったんですか……!?」


「主さま、無事ですか!?」


 焦燥した様子で俺の無事を確認してくる三人だが、いったい何をそんなに警戒しているんだろう。確かに奈々の後にヘルと話しこんだせいで少し長かったかもしれないが、別に何も危ないようなことは無かったのに。


「実は、邪魔が入ると面倒ですので、少々結界のほうを張っていましたの。ある程度したら解くつもりでしたが、まさか破られることになるとは予想外でしたわ」


「軽いノリで即興で張った割には硬すぎじゃろう、あれは」


「そうね。私と空亡の二人がかりであんなに苦労するなんて、大概の代物だわ」


 何の感慨もなく言うヘルに対し、三人の後から現われた空亡とジェーンが疲れたように漏らす。結界を張っていたせいで、皆は心配してこんな風に入ってきたということか。


「さて、色々と詮索されるのは面倒ですし、話したいことは話せましたから今日はこれで帰りますわ。それでは、また明日、学校でお会いしましょう」


「あっ、ちょっと待ちなさいよ……!」


 レイアの呼びかけに止まることもなく、ヘルは玄関を出て帰っていく。確かに、言うことはすべて言っていたということだろう。このままここにいれば、レイアや依織達から質問攻めにあうのは分かりきっていることなのだから。


「彰さん、先程の方とは、どのようなご関係で?」


 ニッコリと、けれど瞳が笑っていない笑顔で問いかける依織。

 その威圧感に抗えるわけもなく、俺はヘルとの出会いと先程話したことを伝える。



「いや、死んでる間にまで女性引っ掛けてくるってどんだけなんですか!?」



 話を聞いた依織の第一声がこれである。


 ……気持ちは分かる。が、俺だって狙ってやっているんじゃないのだ。自分なりに必死に色々やってきた結果、何故か縁が出来てしまっているだけで。


「というか、あの娘、下手しなくても我よりも格上であるぞ。一応、寄り代経由のためか、ここでは今の我とそう変わらぬ程度の力かも知れぬが……」


「あー、確かにそうね。私よりもあの娘の方が凄そうだわ。流石に寄り代よりは私の本体のほうが強いと思うけど、あれはインチキじゃない?」


 空亡やジェーンすらもインチキ扱いをするって、どれほどだというのか。こいつらの時点で、もはや大概頭おかしい能力を誇っているわけだが。


「そんなことより、重要なことがあるわ。あの娘、あんたの学校に通う、ですって?」


「あ、あぁ。もう既に転校して来てるらしいが……」


 依織と違い、不機嫌を隠すそぶりすらないレイアの言葉。どう見ても、キレている。


「なによそれ、ずるいわ……! あたし達が我慢していつも家で帰ってくるのを待ってるのに、あいつは学校で一緒に楽しく過ごすなんて、ずるすぎるわ……!」


「いや、でもそれは――」


「言い訳はいいわ……! こうなったら、もう、あたしも我慢するのはやめるわ……!」


「えっ、お前、何を」


 俺の言葉を無視したままに、おもむろにレイアは形態を取り出して話しはじめる。


「あっ、もしもし、ママ? 前に頼んでたあの件だけど、早めて頂戴。うん、そう。なんかまた新しい娘引っ掛けてきて、見張りもなしに行かせるとかありえないって、再認識したわ。ありがと、うん、大丈夫、勝つのはあたしに決まってる。絶対うちに連れ帰るわ!」


「おい、お前何をするつもりだ……?」


 どうやら、通話の相手は彼女の母親だったらしい。そして、その内容は、なんとなく分かった気もしたが、恐る恐る問いかける。


「決まってるじゃない、あたしもあんたの学校に通うのよ! 本当はもっと準備をしていきたかったけど、悠長にしている暇なんてないってことがよく分かったわ! 明日からは、あたしも一緒に行くから、よろしく頼むわよ!」


「いやいやいや、無理だろ! お前、その身体でどうやって学校に行くつもりだよ!」


「大丈夫ですよ、私が認識阻害を込めた制服を織りますから、よほどのことをしない限りばれません。それに、もう一つ、私にいい考えがあります!」


「ちょっと、あんたまで連れて行くなんて言ってないわよ?」


「あら、でしたら認識阻害の制服、レイアさんは不要ということでよろしいでしょうか? 色々と御話を聞いたところでは、私以上の織り手はそうそういないそうですが」


「ぐっ、分かったわよ。まったく、可愛げが無いわね。まぁいいわ、もともとあんたの分も頼んではあるから。一応、抜け駆けはなしって約束だしね。それで、いい考えって何よ?」


「あぁ、それはですね……」


 と、完全に俺を置き去りにして話し出す二人。もはや彼女達が学校に通うということは確定事項になりそうである。それと、依織の言う『いい考え』というのがそこはかとなく嫌な予感をかきたてる。



 けれど、そんな俺の予感とは裏腹に、それ以来には何一つおかしなことや面倒ごとが起こることもなく、平穏無事に一日は過ぎていった。

 ――そして、杞憂だったと安心して眠りにつこうとした就寝時間。



「……うん、どうしてこうなる」


 いつもなら、もっとも安心し、リラックスできるはずの布団の中。

それが今は、リラックスどころか寝返りすらも出来ない状況となっていた。


「だって仕方ないじゃない、明日のためなんだから」


 左の耳元に聞こえるのはレイアの声。


「えぇ、学校に行くにはしっかり準備しないといけませんからね」


 右から聞こえるのは依織の声。

 現在、俺はレイアと依織に挟まれているのだ。


「明日も早いんだからさっさと寝なさいよ。変なことしたら、分かってるでしょうね?」


「あ、もし夜這いしたくなったらいつでも私はウェルカムですので」


 そう語る二人それぞれに、俺の手は取られている。


 学校で変化を継続するのなら、学校にいる間と同じだけ、事前に手を繋いでおく必要がある。そして、長時間を繋ぐには、夜寝るときに手を繋いで寝ればいい。


 それが、依織の出した案だった。


 就寝直前にこれを伝えられ、断る間もなく、もはや強制的に一緒に眠ることとなり、今に至るということである。


「寝付きいいなぁ」


 俺が心配をかけて疲れたからか、左右の二人はもうすやすやと寝息を立てていた。けれど、俺にはそれは真似できそうもない。


「寝れるわけないだろ、こんな状況で……」


 美少女二人。

 それも、俺を好いてくれていて、そして俺自身も気になっている二人の少女。

 そんな彼女達に挟まれて、それどころか手を握られてその体温を感じながら。

 そのうえ、たまに人化したふたりの魅力的すぎる脚にぶつかったりしながら、眠れるはずが無いだろう……!


「あぁ、夜は、永いな……」


 結局、俺は一睡も出来ることはなかった。


 こうして、長い一日――あるいは短すぎる夏休みは終わりを迎えたのだった。


 そして二学期が始まる。レイアと依織、そしてヘルという、三人の人外娘達が加わった、平穏とは程遠いであろう、学園生活が。



―――――――――――――――――――――


これにて第二部終了となります。

もともとは本編でつかえなかったレイアまわりの設定やみーくんの存在、白蛇の設定とかを使うために書きはじめたものだったりします。

とりあえず、これで本編で残っていた伏線はあらかた使えたはずです。

……第二部で微妙に伏線っぽいのが増えたりしたのがあれですが。


まだまだ出したい魔物娘はいますし、続きとかは色々考えたりしているのですが、他を書いたりしている現状、まだまだ先になりそうです。


それでは、ここまだお読みいただきありがとうございました。

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俺と彼女達の下半身事情-魔物娘と過ごす日々- 黒箱ハイフン @lostbox

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