第106話 贈り物

「ロミ。君は将来、何をして生きていきたい?」


ウィルの問いかけに、僕は今度こそ真剣に向き合った。そして迷いながら、ぽつりぽつりと、未来を言葉にして紡いだ。


「まだ、具体的にやりたいこととかは分からない。でも将来は、誰かを幸せにできるようなことがしたいな。大きなことじゃなくてもいい。ほんの細やかな幸せでいいんだ。それを、誰かに届けられるような人になりたい」


ウィルは緩やかにうなずいた。


「必ずそうなれるだろうとも。君はグリモーナでも、多くの人にそうしてきたからね」


「そうかな」


僕が首を傾げていると、ウィルは指折り出来事を数え始める。


「たとえば、君は植物園の病の木を美しいと言ってくれた。魔法を駆使して、ジュリアを一生懸命育てもした。私はそれが嬉しかったよ。人間のために育てているはずの病の木なのに、当の人間からは嫌われてばかりだったからね。それにオリオの魂に溜まった死の気配を、魔力で魂を削って浄化しようとしたこともあったね。ティルトとオリオが、あわや殺し合いになりそうだったときに、魔法で鎌を取り上げたのも君だった。きっと二人とも感謝しているはずだ」


ウィルが指を折るたびに、そのときのことを思い出して、僕は早くも懐かしい気持ちでいっぱいになった。それから、僕はふっと苦笑した。


「僕は何かを解決しようとして、いつも魔法ばかり使っているね」

「いいじゃないか。ロミは魔法が得意なんだろう。得意なことは、存分に活かせばいい」


そうか、と僕は呟いた。確かに、僕は魔法が得意だ。少なくとも、オリオよりはちょっとだけ得意だった。それを使って、困っている人を少しでも笑顔にできたらいい。


僕は言った。


「そうだね。じゃあ僕、将来は教会で働こうかな。現世の教会にはね、魔法で呪いを解いてくれる人たちがいるんだ。きっとその仕事なら、多くの人を助けられる。それに、今回の僕みたいに、呪いのせいで死にかける人も減らせるはずだよ」


「それは名案だ」


ウィルは手を叩いた。


僕は現世のことを、ぼんやりと想像した。現世に帰って、僕はどんな暮らしがしたいだろう。すると木々に囲まれた、こぢんまりとした教会が思い浮かんできた。きっとその教会の周りには、ウィルの家があるような美しい草原がある。その近くには森も。もしかしたらその森には、ジュリアとそっくりの木が生えているかもしれない。もしそうなら、また僕がその木を育てよう。今度は若木の間だけじゃなく、大木になるまで。


そんな現世の生活が、僕を待っているといい。





ようやく冷静さを取り戻した僕に、ウィルは安心したような温かい視線を投げかけた。しかしそれから、何かを思い出したようにポンと手を打った。


「そうだ。大切なことを忘れるところだった。実は、君に贈り物を持ってきたんだよ」


ウィルは黒いローブの内側から、手のひらに収まるほどの大きさの何かを取り出した。雫をかたどったような形をしたつやめく漆黒。その周囲には、黒いレースのようなものがスカートみたいに重なっている。そしてレースの上には朝露のようなクリスタル。


彼が取り出したのは、間違いない。

ジュリアが実らせていた果実だ。


いや、と僕は信じられない思いで首を振る。

ジュリアは果実もろとも、バラバラに切り裂かれてしまったはずだ。

ここにあるわけがない。


「それは・・・・・・?」


恐る恐る尋ねると、ウィルは言った。


「ジュリアの実らせていた果実だよ」


僕は驚いて目を丸くした。


「やっぱり。いや、でも。なぜウィルがその果実を持っているの?」


すると彼はだしぬけにふふっと笑い声を立てる。


「マキ嬢からの手紙を届けにきたカラスのことを、覚えているかい?」


ウィルが言っているのは、僕が勝手に盗賊カラスと名前をつけていた、あの子のことだ。そう簡単に忘れる相手ではない。


彼は果実のレースに散りばめらた、宝石のようにキラキラした丸い粒を指さしてみせた。


「あの悪戯カラスはこの輝く果実を大層気に入ったようでね、あろうことか儀式の最中に、病の木からこの果実を盗み取っていたのだよ。通常であれば叱責していたところだが、今回ばかりは見事な手腕だと褒め称えざるを得ない。あのカラスには代わりの宝石を魔法を与えて、この果実と交換してもらった」


「そ、そうだったんだ!」


たしかに思い返してみれば、儀式が始まる頃、カラスは長椅子から姿を消していた気がする。てっきり儀式に飽きて帰ってしまったのかと思っていたけれど、もしかしてそのとき、彼は物陰から虎視眈々と果実を狙っていたのだろうか。だとしたら、お手柄だ。


僕が心の中でカラスに感謝していると、ウィルは両手で果実を包み込んだ。その手の中でまばゆい水色の光が溢れ、果実を覆い隠す。次に手を離したときには、ジュリアの果実は透明な四角い硝子の内側に収まっていた。


「人間は病の果実に触れるとその病に侵されてしまう。しかしこれなら大丈夫だ。さあロミ、受け取ってくれ」


ひんやりとした透明のガラスが、両手にすとんと収まる。

可憐な黒い果実を、僕は胸に当てて抱きしめた。


ジュリアはいなくなってしまった。

でも彼女が確かに生きたという証だけは、この手の中にある。


「ありがとう、ウィル。これがあれば、僕はこれからもジュリアと一緒だ」


「そうだな。君はこれからもジュリアと一緒だ。しかし、くれぐれもワタリガラス大公殿には内緒にしておいてくれたまえ」


そう言うと、ウィルは目を閉じてククっと笑う。


そういえば、大公は「グリモーナのものは現世に持ち帰れない決まりだ」と言っていた。


きっとこのことがバレたら、ウィルはタダでは済まないだろう。

そう思って、僕は神妙な顔で頷いた。

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