第40話 諦めるな

黒い影は、音もなくオリオの背後に忍び寄った。


黒い影はバサリと羽ばたくと、かすめるようにテーブルの上を飛んだ。

次の瞬間、黒い影の鉤爪には、オリオの青い耳飾りが引っかかっていた。


それは、一羽のカラスだった。

いつもオリオの耳からイヤリングを奪い取ろうと狙っていた、あのカラスに違いなかった。


あの賢い鳥は、オリオが耳飾りを外した瞬間を見逃さなかったのだ。


カァ!

カラスはイヤリングで両足を飾り、勝ち誇った鳴き声をあげると、森へと急旋回した。


「待て! 返せ!」

オリオがものすごい剣幕で怒鳴るのもどこ吹く風、カラスは悠々と飛び去っていく。


「追いかけよう」

僕たちは、慌てて玄関から飛び出した。




草原を飛ぶカラスを、必死で走って追いかけた。カラスは追いかけっこを楽しむかのように、僕たちの前をゆったりと舞いすすむ。


「今すぐ降りてこい。でないと八つに裂いて鳥肉にしてやる!」

「それだと余計に降りづらくないかな?!」


叫ぶ僕たちを引き連れて、カラスはマキと出会ったあの黒い森へと飛び込んだ。




それから十数分、カラスは森の中を自由自在に飛び回り続けた。足と肺が悲鳴を上げて、ついに僕たちは手を膝について激しく息を切らした。


オリオは苦々しい顔をしながら、汗を拭った。

「くそっ、あいつ、木から木へと飛び移ってばかりで、全く地上に降りてこない」


今もカラスは、はるか高みの枝からこっちを見下ろしている。


「こうなったら、僕たちも飛んで追いかけるしかないよ」

僕は言って、森の中を飛ぶ自分の姿をできるだけしっかりと想像した。


途端に、足がふわりと軽くなる。

そのまま泳ぐようなイメージで、僕は一気に上へ舞いあがった。


「確かに、鳥を追うなら飛行魔法に限るね」

オリオの声はすでに、はるか下だ。


僕はカラスが止まっている枝の横までやってきた。不思議そうな顔でこちらを見つめているカラスに、僕は手を伸ばした。


「お願い。それ、返して。オリオの大切なものなんだ」


カラスは少しの間、僕の言葉を吟味した。

しかし、彼はすました一瞥をくれると、隣の木へと飛び移ってしまった。


「ダメかぁ」

さっき魂を削ったばかりだったことも相まって、僕は本格的に魔力が尽きかけ、墜落するように地上に戻った。どさりと地面に仰向けに倒れる。


「待てカラス。逃げるな!」

汗だくになりながら叫ぶオリオを見やると、彼の足はリンゴひとつ分ほどしか地面から離れていなかった。魔法が苦手というのは、本当みたいだ。


「ああ、もうダメ」

程なくして、彼も僕と同じ体勢で地面に倒れ込んだ。


カラスは僕たちをからかうように、カアカアと鳴き声を降らせた。


「ああ、どうしよう。なす術がないよ」

オリオが絶望的な声を上げる。


そのとき、ザクザクと地面を踏み締めて森の中を誰かが歩いてくる音がした。


やってきたその人物は立ち止まると、エバーグリーンの瞳で淡々と僕たちを見下ろした。

「何してるの?」


オリオは半ばヤケクソに手を振った。

「マキじゃん。やっほー」




僕たちは彼女に状況を説明した。


「もう諦めるしかないのかなぁ」

オリオが情けない表情で言う。


それを聞いたマキは、彼に厳しい目を向けた。

「あの耳飾り、家族にもらった大事なものでしょ。オリオの家族に対する想いって、あの小さなカラスにも負ける程度のものだったってこと?」


オリオは怒った声で返した。

「違う、そんなわけない!」


「だったら諦めるな!!」

マキは倍ぐらいの勢いで喝を入れた。


オリオはビクッとして思わず起き上がり、そしてうなだれた。

「でも、試せる道は全て試してみたんだよ」


すると、マキはハッと冷静さを取り戻した。

「ごめん、ちょっと言いすぎた」


それから彼女は、頼もしい手つきで鎌を両手に構えた。

「ここは死神見習いである私に任せて」


死神なら、人間の僕たちにはできないことも、成し遂げられるかもしれない。

僕たちに再び希望が湧いた。


彼女はこちらに背を向けると、鎌を後ろに振りかぶった。

そしてその刃を、カラスが止まっている木の幹に向けて、容赦なく振るった。


バキッと耳を塞ぎたくなるような大きな音がして、幹に刃がめり込んだ。

幹に大きな亀裂が入ったその木は、今にも倒れるんじゃないかと思うほど不安定に揺れ動く。


カラスは慌てて隣の木に避難した。


「ええ、ちょっと! 何してんの」

オリオが慌てて叫ぶ。


マキは当然と言わんばかりの表情で、こちらを振り返った。

「あのカラス、この森でよく見かけるの。多分ここに住んでるんだと思う。ということは、この森の木を全部切り倒せば、あいつは絶対に降伏する!」


オリオは呆れて首を振った。

「そんな無茶な。マキって、時々びっくりするほど好戦的になるよね」


僕はそれを聞いてぽそりと呟く。

「オリオもそういうところ、あると思うけど」

「ええ? 僕は至って温厚だよ」


オリオは真面目に言っているようだったので、僕はもう何も言わないことにした。




マキは僕たちの顔を交互に見た。

「それで、森ごと破壊しないのなら、どうやってあのカラスを降伏させるの?」


僕は挑戦的な目をしたカラスを見上げた。

どうにかして、あの子を地上に降ろさないといけない。


うまく行くかもしれない方法が一つ、思いついた。

「いい考えがあるよ」




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