第39話 青い耳飾り
『魔力反転と相殺』
図書室で見つけたその本を読んだとき、僕は満足感と希望でいっぱいになった。
その本はこう言っていた。
生の気配に溢れたものを死の気配にぶつけると、気配同士がぶつかり合って相殺される、と。
ウィルの話によると、彼は現世から回収した死にかけの食材の魂を元の姿に回復させるとき、死神がまとう死の気配を特殊な魔法で反転させて生の気配を作り、それを魂にぶつけているらしい。
僕は人間だ。
死神のウィルほどの死の気配も、魔力も持っていない。
でも、僕には感情がある。
『感情は、魂の一部が溢れ出したものだ』
怒りや悲しみが死の気配なら、きっと優しさや希望は生の気配だ。
「僕は、オリオに生きて欲しいってありったけの心で祈ったんだ。そしてその感情を魔力で体から切り離して、オリオの魂にぶつけたんだよ」
彼は目を丸くした。
「つまり、さっきの光が、僕の魂に溜まった死の気配を相殺したってこと?」
僕はそこで、申し訳ない気持ちになった。
「相殺できたのは、ほんの少しだけだよ。君の寿命の一秒分になるかどうかも、分からないや」
「そうなんだ」
オリオは指で青い耳飾りをいじる。
僕は彼に訴えた。
「だけど、この魔法を何回も何回もかければ、きっと、もっとたくさんの死を相殺できる。そうやって少しずつ命を伸ばし続けていればいつかきっと、神様も君に気がついてくれるはずだよ」
僕は、オリオの顔に希望が広がるのを待った。
しかし予想に反して、彼は優しく切ない目を僕に向けた。
「君はすごいよ。ロミ。こんなことができるなんて、僕は考えつきもしなかった。でも、その魔力はもっと他のことに使ってほしい」
僕はただ困惑した。
「どうして?」
彼は言った。
「感情は魂の一部だ。その魂をあんなに大量に注ぎ込み続けたら、ロミの魂がすり減って、いつか消滅してしまうよ」
「きっと、そんなことになる前に、神様が君を現世に帰してくれるよ」
「いや。それはないよ。僕はもう帰れない」
オリオがあまりに迷いなく言うので、僕は返すべき言葉を見失った。
彼は続けた。
「現世鏡で見たんだ。眠る僕の肉体を。全身が黒い茨のあざに埋め尽くされていた。あれじゃあきっと、魂の入り込む余地もない。無理やり魂だけ現世に帰っても、人形の中に閉じ込められたように、動かない生命になるだけだ。もう、いいんだ。肉体の惨状を見て僕は、スパッと諦めがついた」
僕には諦めがついていなかったし、オリオにも諦めてほしくなかった。
「最後に家族と話したいって言ってたじゃない」
そう食い下がると、オリオは少し寂しい顔をした。
彼はおもむろに、両耳につけていた青い耳飾りを外して、僕たちの間にあるテーブルに置いた。
キラキラと透き通る青い宝石を、僕たちは見つめた。
「これはね、昔、両親が買ってきてくれたんだ。青い宝石は無病息災のお守りになるって言い伝えがあるらしくて。男がイヤリングなんて恥ずかしいって言ったんだけど、わざわざ本物の宝石を用意してくれたから、流石につけないと申し訳ない気がしてきてね。病室に篭りきりでどこに行くわけでもないのに、イヤリングだけは欠かさずつけていた。今は、これを毎日つけていて良かったと思ってる。こいつと一緒に死神の世界に流れ着いたおかげで、僕は本当の意味で、家族と離れ離れになったことはなかったんだよ」
彼は顔を上げて、不敵な笑みを見せた。
「ロミ。僕はタイムリミットがきたら、死神になる道を選ぶよ。魔法は苦手だけど必ず克服してみせるし、どんなに辛いことが待っていても耐え抜いてみせる。だって僕が死なずに生きている限り、僕の心の中に家族は生き続けるから」
僕は何も言わず、ただ彼のやる気に満ちた表情を見つめた。
切なくて悲しい気持ちが溢れそうになったけれど、彼の前にそれをさらけ出すことはできなかった。
そして彼が本気なのなら、僕は彼のことを応援したいと思った。
「ありがとうロミ。君の気持ちが、僕にはすごく嬉しかったよ」
オリオの眩しい笑顔が少しずつ、僕のすり減った魂を満たしてくれるような気がした。
そのとき僕は、オリオのすぐ後ろに迫っていた黒い影に、まるで気がついていなかった。
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