親愛なるオリオへ

第38話 小さな魂

家に帰りついてから、僕はすぐに準備を始めた。

朝、練習していた魔法を、頭の中でもう一度だけ繰り返す。


本当は、もう少し練習してからこの魔法をオリオに使うつもりでいた。


しかし、現世鏡は僕に告げた。

もう彼には時間がない、と。


僕は「よし」と気合を入れて、オリオのもとへ向かった。




彼は相変わらずバルコニーにいた。

しかし今日の彼は、本を読んでいるわけではなかった。


彼はフェンスにもたれて、空と草原のはざまに、ぼんやりと視線をさまよわせていた。


その背中がいつもより遠く感じて、僕は叫ぶように呼んだ。

「オリオ!」


彼はぴくりと反応した。そして緩やかに体をこちらに向けた。

「ロミ。大声出さなくても、僕はここにいるよ」


彼の瞳は僕を映していたけれど、その実、どこか違う場所を見ているようだった。


僕は彼を考え事の世界から引き戻そうと、できるだけ真剣な口調で言った。

「オリオ。今から魔法をかけるから、そこを動かないで」


「魔法?」

オリオは戸惑ったけれど、その場で気をつけの姿勢をとった。


僕は一回深呼吸をして、目を閉じて、それから両手を合わせた。


祈る。ありったけの心を込めて。

そして想像する。できるだけ鮮明に。


どうかオリオが、一日でも長く生きられますように。

どうか神様が帰還許可証を出してくださるまで、彼が生きられますように。


その強い気持ちが心から溢れたら、きっと僕の体は太陽をまとったように光り輝いて見えるだろう。


その光はやがて、ふわりと浮いて一つになって、小さな魂のような形を作りながら、ゆっくりとオリオの体に染み込んでいくに違いない!


「わああ、何、何が起こってるの?」

目を開けると、オリオがわたわたしながら、自分に向かって漂ってきたミニチュアの魂を両手で受け止めているところだった。


その光の塊が手のひらにふわりと降りると、一瞬の強い光がオリオの全身を包んだ。光が収まったとき、彼の手には何も残っていなかった。


彼は不思議そうに手のひらを見つめたあと、ふふっと笑みを浮かべた。

「なんかよく分からないけど、心がくすぐったい。体が軽くなったみたいだ」


ガクン。

急に足に力が入らなくなった。


次の瞬間には、僕は膝と両手をウッドデッキについて、咳き込みながら肩で息をしていた。


全身の水分が出ていくんじゃないかと思うほどの汗。

爆発するんじゃないかと思うぐらいの脈拍。

オリオの体が軽くなった分だけ、僕の体が重くなったかのような疲労感。


これはきっと、僕の魂が消費されたからだ。


口で息をしながら、僕は思わず笑顔になった。


オリオが慌てた様子で、こちらに駆け寄ってきた。

「ロミ! そんなになるなんて、一体、何の魔法を使ったの?」


彼を見上げた僕は、きっととても満足そうな顔をしていたに違いない。


僕は荒ぶる息をおさえて叫んだ。

「魔力反転と相殺だよ、オリオ!」


彼は頬をぽりぽりと掻いた。

「えっと。できれば、もう少し詳細に説明してほしいかも」


もちろんそのつもりだった。

僕は話しはじめる前に、椅子に腰を下ろした。


隣の椅子にオリオも座ったところで、僕は種明かしをした。

「これはね、ジュリアが教えてくれた魔法なんだ」

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