第53話 誇り

二人によると、マキがオリオに魔法の特訓をつけていたのだが、風が寒くなってきたのと特訓が長時間続いたのとで、オリオが休憩を提案して、ここにやってきたらしかった。


オリオは軽い愚痴をこぼした。

「マキの特訓がスパルタすぎて、もう僕は絞り切った果実のように魔力が干からびてカラカラだよ」


対するマキは涼しい顔だ。

「あんな準備運動程度の魔法では干からびたりしないよ」


「まあまあ、まずはコーヒーとクッキーを用意して、それからロミの話を聞こうじゃないか」

オリオは僕の肩をポンと叩いた。




僕は二人に、ハリスと話した内容を伝えた。その間、オリオは相槌代わりにコーヒーをすすった。


マキは出された黒い液体を慎重に眺めたり、水面を揺らしてみたり、一口すすって「苦い!」と顔をしかめたりした。そういえばティルトは当たり前のようにコーヒーを受け入れていたけれど、本来、死神の世界には食べ物も飲み物も存在しないのだっけ。


僕の話を聞いたオリオは、まるで自分もその場にいたかのように憤慨した。

「ジュリアを研究所によこせだって? 信じられない! ロミがどれだけジュリアのことを大事にしているか、知らないわけでもないだろうに」


それから彼は、何かに気づいた探偵のように鋭い目をした。

「確かハリスは、ジュリアのことをとても気に入っていたよね。あのキザな死神のことだ。きっとジュリアのことを、今すぐ自分のものにしたくなったんだよ。だから邪魔が入らないようにわざとロミが一人のときを狙ってやってきて、君の心を揺さぶるようなことを言ったんだ」


ハリスがジュリアの葉を撫でながら「ぜひ私の研究所に来てほしい」と言っていたのを思い出して、半信半疑な気持ちが芽生えた。

「オリオのいう通りかもしれないね。うーん。でも、僕の魂がすり減ってしまったら、ジュリアを自力で育てることはできなくなってしまう。これは本当のことなんじゃないかな」


「そんなの、ウィルに相談すればちょちょいと解決法を思いついてくれる。わざわざジュリアを手放す必要なんてないね」


オリオの意見に「確かにね」と返せる程度には、僕はウィルのことを信頼していた。

しかし、心の中ではまだハリスの言葉がモヤモヤと引っ掛かっている。

『いくらウィルでも荷が重いに違いないよ。専門家である私に任せておいた方が、安心だろうね』


そんな僕の態度にしびれを切らしたように、不意にマキが問いかけた。

「今の話を聞く限り、ロミは植物園よりも研究所の方が、ジュリアの育成にとっていい環境だと思っている。それはハリスに言われたからそう思うの? それとも、自分の意思でそう思っているの?」


僕は質問の意図が分からなくて、彼女の静かなグリーンの瞳を見つめ返した。

「どういうこと?」


彼女は力強く宣言した。

「例えば私は、知識や魔力で誰にも引けを取らないぐらい優秀な死神に、自分自身がなるべきだと思っている」


マキの家に行ったときのことを思い出した。

あのときは、マキの姉のサリアが、厳しくもこう言い渡したのだ。

うちは代々、強い死神ばかりが続いている家系だ。マキも当然、そうあるべきだよ。


マキは続けた。

「私は常日頃から姉には、口うるさく言われている。でも、優秀な死神になるべきだと思っているのは、それが理由じゃない。たとえ私に姉がいなかったとしても、私の考えは変わらない。なぜなら私は、他の死神たちや人間たちを助け導くことができるような死神になりたいから。その願望が私のあらゆる鍛錬に対する原動力であり、誇りなの」


そうだったのか、と僕は彼女の言葉を噛み締めた。

だから彼女は黒い森で、黙々と鍛錬を積んでいたのだ。


もし姉に認められたいだけならば、一人で自主練なんかせずに、姉に見えるところで努力すれば良いのだ。


マキはもう一度尋ねた。

「ロミは、もしハリスに何も言われていなかったとしても、ジュリアを研究所に預けるのはいい案だと思う?」


僕は植物園のことを思った。

美しい木々が立ち並び、太陽が降り注ぐあの場所。

ウィルや僕が魂を込めて丁寧に作り上げた場所だ。

そしてその中央には、王女様のように美しく輝くジュリアがいる。


これ以上に彼女に相応しい場所を、僕は知らない。

少なくともモルモットの檻の中に、彼女はいるべきじゃない。


僕は首を横に振った。

「いや。僕はやっぱり、ジュリアにはあの植物園にいてほしい!」


マキは僕の答えを受け止めた。

「それが君の答えなら、もう二度と、誰かに惑わされちゃいけないよ」

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