第52話 モルモット

「ねえ、ロミ。しっかりして。俯いてないで、私の方を見て」

ジュリアの呼ぶ声が、僕の沈黙を破った。


顔を上げると、うるんだ紫色の瞳が僕を見ていた。

「ロミ。私はこの通り、元気よ。あなたのせいで私が枯れるなんて、ありえないわ」


そうだね、と頷きたかった。でも実際、僕は魂を注ぐ魔法を失敗したところだ。とても楽天的になれる気分ではなかった。

「今は問題なくても、この先もずっとそうだとは限らないよ」


ジュリアはますます、必死に訴えた。

「でも私、研究所に行くってなんだか怖い。きっとハリスは、ロミのように私を大切にしてくれないわ。彼、私のことを実験動物か何かのように扱うに違いないもの」


冷たい檻に閉じ込められたモルモットの姿が、ふと脳裏に浮かんだ。想像の中で、モルモットの姿がジュリアと置き換わる。


いやだ。

ジュリアをそんな場所に送るなんて、絶対にできない。

そんなことになるなら、ジュリアには最期まで僕のそばにいてほしい。

たとえそのせいで、枯れてしまったとしても!


心の中で、そんな願望がほとばしる。僕は自分自身の願いに寒気がした。


『君はジュリアのことが大切だと言っているけれど、本当に大切に思うのなら、すぐにでも若木を安心して育つことができる場所に移すはずだ』

ハリスに言われたことが頭の中でわんわんと響いた。


そうだ。ジュリアのことが本当に大切なら、間違っても「枯れても良いからそばにいて」なんて彼女に願えるわけがない。ジュリアにとって枯れるとは、死ぬということ。僕の願いはジュリアに「君は死んでも構わないから、とにかく僕のそばにいて」と訴えている。


僕は彼女の幸せを願っているふりをして、本当は自分のことしか考えていないのではないか。そんな考えがふとよぎった瞬間、全ての思考回路をその考えが支配した。


ジュリアと二人きりのこの空間が突然、耐えがたいものに変わった。

「考える時間が欲しいんだ。一人になりたい。ごめんね」


そう言い残すと、僕は引き止める彼女を置いて、植物園の外に逃げだした。




外は冷たい風が吹いていた。


僕は草原から吹いてくるその風を、目を閉じて全身で受け止めた。身体中から体温を奪う肌寒さが、今の気持ちにはぴったりだった。


森の木々が風にわななく声が、ここまで聞こえてくるようだった。そのわななきは「ジュリアが枯れてしまったら、どう責任を取ってくれる?」と僕を非難している。


万が一にでも、僕のせいで彼女が死ぬことになったら。それを想像すると、恐怖がのどを駆け上がってきて僕の口からあふれた。

「たとえ檻の中でも、死んでしまうよりは数倍マシだ。やっぱり研究所にジュリアを預けてしまおう」


「研究所? なんで?」

あっけらかんとした疑問符がこの空気を不意に破った。


僕は驚いて目を開けた。

そこには、森に行ったはずのオリオがいた。

その後ろにはマキもいて、僕の様子を伺っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る