第12話 赤いジャケット
家に戻ると、オリオが洗面所に立っていた。彼は茶色い髪をかきあげて、真剣に鏡を見つめながら、青いイヤリングの位置を調節していた。
「おはよう」
僕が声をかけると、ハッと彼はこちらを向いた。
「おはよう。ねえ見て、ロミ。今日の僕もなかなかキマってる」
オリオは得意げな顔をした。
「うん、その耳飾り、似合ってる」
僕が言うと、彼は「まあね」と前髪を指で払う仕草をした。
ウィルがジュリアを持って帰ってきてから、オリオは少し機嫌が悪いようだったけれど、元の調子に戻ったみたいだ。と僕は胸をなでおろす。
「さーて、今日は何をしよう? 家の中は一通り探索を終えたし、森や草原に行ってみる? いや、街に行くのもいいね。ああ、なんにせよ、今日もいい日になりそうだ」
オリオが愉快そうに口にしたとき、どこからかリンリンとベルの音が聞こえた。
「あれ、呼び鈴が鳴ってる。ちょっと行ってくるね」
オリオは玄関の方に向かった。お客さんだろうか。
僕はリビングのソファーに座って、オリオが戻ってくるのを待った。
玄関からはしばらくの間、オリオの声と知らない男性の声が交互に聞こえていた。それからオリオは会話を中断し、リビングに戻ってきた。
「ロミ、ウィルがどこにいるか知ってる? 今来てる人、彼に用事があるのだけど」
「ついさっき、魂を管理局に届けるって出ていっちゃったよ」
僕が言うと、オリオは困った声を出した。
「ええ、そうなの? タイミングが悪いなあ」
彼は声をひそめて言った。
「さっき、いい日になりそうって言ったの、前言撤回。今日はここ一週間で、一番キツい日になる予感がする」
それからオリオは、玄関で待ってもらっていたお客さんを、リビングに通した。
やってきたのはツンツンとまっすぐな黒髪に、真っ赤なジャケットが印象的な人だった。持っている死神の鎌の柄にも、赤い色の模様が入っている。
彼の目つきは鋭くて、目に入るもの全てを切り裂いてしまうんじゃないかと思った。
彼はオリオに言った。
「お前、ここに来て何年になる?」
「二年と半年だけど」
オリオが答えると彼は、氷のように冷たい声で言った。
「人間のくせに、二年半もこの世界にいるのか。さっさと死ぬか、現世に帰るかしたらどうだ。グリモーナはお前の居場所じゃない。死神の、世界だ」
僕は二人の間に、ピリリとした空気を感じた。
オリオはムッとした顔をした。
「やめなよ、そういうこと言うの。イタズラに好感度を下げるだけだよ」
「一刻も早く、死神の世界から出ていけって言ってんだ。お前からの好感なんて、こちらから願い下げだ」
それから少しの間、はりつめた静けさが流れた。
オリオの予感は当たっていると思った。
この調子でウィルの帰りを待っていたら、きっと四十分も四十時間のように感じるだろう。
「で、そこのお前は新入りか?」
赤ジャケットの彼は、今度は僕をにらんだ。僕はコクコクと、ぎこちなくうなずいた。
彼は舌打ちした。
「出ていくどころか、増えてんじゃねぇか。人間」
赤ジャケットの彼は、僕の前までやってきた。僕はびくびくしながら、彼の顔を見上げた。僕が座っているせいもあって、彼はとんでもなく大きく見えた。彼は値踏みするように僕を見た。
「いつ、こっちの世界に迷い込んだ?」
「つい昨日だよ」
彼は眉を動かした。
「昨日?」
次の瞬間、彼は肩にかけていた死神の鎌を音もなく構えた。弧を描いた刃は、僕の首の後ろにピッタリついて、しびれるほどの冷たさでその存在感を知らしめた。
あまりの出来事に、僕は声も出せずに固まった。
赤ジャケットの彼は、淡々と続けた。
「この世界で死んだ魂は、現世に戻される。昨日来たばかりなら、お前の肉体はまだ腐り切ってはいないだろう。今ここで死ね。そうすればお前は生き返れる」
僕は震える声で繰り返した。
「ここで死んだら、生き返れる・・・・・・?」
「まあ、お前が現世で運が良く自分の体を見つけて、うまく入り込めればの話だがな。失敗すれば、悪霊と化して永遠に彷徨うことになる」
「嫌だ。それは嫌だよ」
僕は必死で訴えた。僕は助けを求めて、オリオの方を見た。しかしさっきまでオリオが立っていたところに、彼の姿はなかった。
ああ、どうしよう。僕は恐ろしさに耐えられなくなって、目をつぶった。冷たい金属が、僕の首に少し食い込んだ。
そのとき。
「初対面の相手にそんなふうに接するなんて、恥ずかしいと思わないの?」
オリオの声が聞こえて、鎌の冷たい刃が首から離れた。
驚いて目を開けると、オリオがどこからか持ってきた黒い金属の棒を、ホームランバッターのように振り抜いていた。
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