第18話 贈り物
僕はさっそくインクをジュリアにあげる準備をした。ジョウロの中でインクと水を混ぜて、濃さを調節するのは難しそうだったので、代わりにコーヒーカップを使った。
インク瓶の中身を半分くらいカップに注いで、その上から水を少しずつ足していった。スプーンで混ぜているうちに、僕にはそれが、まだ誰も知らない秘密の飲み物のように見えてきた。
カップの中でインクがまんべんなく広がったら、僕はそれを植物園に運んだ。
「ジュリア、お待たせ」
ジュリアは植物園で、力なく佇んでいた。前に見たときより、斑点の数が増えているようだ。
「魂は用意できなかったけれど、色だけは近づけてみたよ」
僕は若木に声をかけながら、カップを植木鉢に向けて傾けた。
だけど黒い液体がカップを出ていく直前、僕はいいことを思いついて、いったんカップを置いた。
『感情は、魂の一部が溢れ出したものだ』
とウィルは言っていた。
僕は自分の気持ちが、体の外に溢れていくところを、できるだけ具体的に想像した。
どうかジュリアが、早く元気になりますように。
その気持ちが、心から溢れたら、きっと流れ星のように見えるだろう。
僕の胸から白い光の筋になって、コーヒーカップの中にポチャンと落ちるに違いない。
すると本当にその通りに、僕の心が小さな流れ星になって溢れ出し、インクのコーヒーと溶け合った。
ドッと体が熱くなるのを感じた。まるで長距離走をしたみたいに、心臓がドキドキと脈打ってくる。
今のは少し難しすぎる魔法だったのかも。
僕は手で汗を拭った。
「感情を形にするって、思っている以上に大変なことなのかもね」
僕は体が落ち着くのを待って、カップの中身を植木鉢に注いだ。
「流れ星の贈り物。気に入ってもらえるといいな」
その日の夕方、僕はジュリアの様子を見るためにふたたび植物園を訪れた。
「あっ」
僕はジュリアを見て思わず声を上げた。
灰色の斑点がなくなっている!
僕は慌てて家まで駆け戻ると、玄関から叫んだ。
「オリオ!」
彼はキッチンでコーヒーを淹れていた。
「オリオ、あのね」
僕が口を開きかけると、彼は嬉しそうに笑った。
「最後まで言わなくても、そんな嬉しそうな顔をしていたら分かるよ。よかったね、ロミ」
今の気持ちを形にしたら、きっと流星群になるだろうと思った。
その日の夜、僕はまた夢を見た。
一人の少女が鏡の前に立っていた。前に夢で鎌に追われたときに出会った、あの子だ。
彼女は僕に気がついていないようで、鏡に向かって一人で話していた。
「前は突然のことだったから、びっくりして笑い返すことしかできなかったわ。ああ、私、ちゃんと笑えていたかしら。変な顔だと思われていたらどうしよう!」
それから彼女は鏡の前で、スカートをふわりと浮かせて、くるりと回った。
彼女は前と服装が少し違っていた。胸元には前はなかったリボンが付いていたし、紫のワンピースのスカート部分にも黒いレースの飾りがついている。今日は少し、おめかししているようだ。
彼女は鏡の中の自分に微笑みかけて、鈴の音のような声で笑った。
「ああ、大丈夫。お洋服の色が抜けてしまったときは、どうなることかと思ったけれど、この格好ならきっと、次はもっと彼に喜んでもらえるわ」
それから少女は、星に願いを込めるように言った。
「だから早く会いにきて。ロミ」
その夢はそこで途切れた。
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