第99話 乱入
「届けものだぜ。ほら受け取れ」
盗賊カラスは言うなり、片足をこちらに差し出してきた。その鉤爪の間には、白い封筒がくしゃくしゃになって握られている。受け取ってみると、中に入っていたのは手紙だ。
オリオはカラスをつんと つついた。
「紙を運ぶのにくちばしを使わずに鉤爪で掴んでくるなんて、全く横着な奴だなあ」
しかしカラスは、全く悪びれた様子なく、オリオの青い耳飾りに向かって、くちばしを突き出した。
じゃれあう彼らを横目に見ながら、手紙を広げてみる。
すると、それはマキからの手紙だった。
今の彼女は怪我が治るまで絶対安静。外出どころか、部屋を出ることすら困難だ。そんな彼女は、管理局まで来られない代わりに、お別れの手紙を書いて送ってくれたのだ。
僕はそれを静かに読んだ。
『親愛なるロミへ。
現世への帰還、おめでとう。
短い間だったけど、君と過ごした日々のこと、私はずっと忘れないよ。
お姉様が言うには、君の肉体と魂は、ジュリアの件でもう十分、死の予行演習を果たしたので、これ以上の病の罹患は必要ないらしい。だから現世に帰ってからは、どうか健康管理に気をつけて。もうすぐ風邪の果汁を現世に散布する時期が来る。でも風邪なんてものは、上手く避ければ罹患せずに済む病。気合いと根性で乗り越えろ!
残りの人生、どうぞ楽しんできてください。
君の名前が死人リストに載るときが、一日でも遅く訪れますように。
マキより。
追伸:もしハリスがジュリアを枯らすようなことがあれば、私がぶっ飛ばしに行くので、その点は安心してね』
「いや、全く安心できない」
最後の一文に、思わず口に出して突っ込んでしまった。ぶっ飛ばすなんて言っているけれど、相手は十二死神だ。毎日頑張っているマキには少し申し訳ないけれど、見習い死神の立場で どうにかできる相手とは思えない。彼女がまた怪我をする方が心配だ。
でも、とても彼女らしい文章だと思った。
僕は手紙を折りたたみ、オリオと小突きあいをしているカラスに向かって言った。
「届けてくれてありがとうね」
彼は、得意げに目を光らせる。
「お安いご用だぜ」
僕はそれから、これまでの様子を見守っていたワタリガラス大公に尋ねた。
「この手紙、現世に持って帰ることはできますか?」
すると彼は、クイッとまた首を横に振った。
「すまないがロミ少年。それはできない。死神の世界のものは、一つたりとも現世に持ち込んではならないのだ。そういう規則になっているのでな」
残念だったけれど、そんな決まりがあるなら、仕方がない。
僕は手紙をウィルに託した。
「手紙はきちんとロミの手に渡ったと、マキ嬢に後日伝えておくよ」
ウィルはそう受け合った。
一通りの挨拶が終わったタイミングで、ワタリガラス大公が全員を見回した。
「さて諸君。準備は良いか?」
オリオ、ウィルは優しく後押しするように、僕に頷きかける。
手紙を届けたカラスも、ちゃっかり椅子に腰を落ち着けて僕を見上げていた。
正直に言うと、名残惜しい気持ちでいっぱいだ。
しかしいつまでも、この世界にとどまるわけにもいかない。
現世には、すみれのあの人が待っている。大切な人を取り返そうとして足掻き、そしてその優しさゆえに僕を殺しきれなかった彼女。彼女が泣きながら、僕を助けようとしていたことを思い出す。
彼女に『僕は生きている』と、伝えに行かなければ。
「はい。準備はできました」
大公は僕の言葉に「うむ」と返した。
「それでは、儀式を始めるとしよう。では、祭壇へ・・・・・・」
「ロミ! まだいるかい?」
大公の声は、突然やってきた大声に遮られた。その声の主は肩で息をして、管理局の入り口扉に手をついている。目が合うと、彼は安心したように破顔した。
僕は驚いて叫んだ。
「ハリス! どうしてここに?」
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