第3話 オリオ

ウィルは僕の返事をとても喜んだ。


「おお、信じてくれるか! 安心したよ。中には、私の言うことをなかなか信じてくれない人間もいて、そういった場合はたいそう難儀させられるからね」


彼はそれから言った。


「現世に戻るか、死んで天国へ旅立つのかが決まるまで、君の魂はこのグリモーナに留まることになる。期間が数日で済むか、それとも数年かかるか、それはまだわからない。その間、ロミさえ良いなら、私の家を自由に使ってくれたまえ。ここなら私がいるし、私がいない間もオリオがいる。君がこの見知らぬ土地で、いたずらに独りになることはないだろう」


「ありがとう、ウィル。じゃあ、お言葉に甘えて、しばらくここにいさせてもらうね」


僕が言うと、オリオも歓迎するように頷いてくれた。


「記憶がなかったり、急に死神の世界に連れてこられたり、いろいろ不安だと思うけど、何か困ったことがあればなんでも相談して」


オリオは僕の肩をポンと叩いた。肩に置かれた彼の手は、温かく、心強かった。


「ありがとう。二人とも」

僕はもう一度お礼を言った。




パタパタ、と窓の外から鳥の羽ばたく音がした。音のした方を向くと、一羽のカラスが僕たちをじっと見つめていた。真っ黒なそのカラスは、くちばしに白くて長い紙をくわえている。


ウィルはカラスを見て驚いた顔をした。

「ああ、もうそんな時間か」


彼は窓のところに歩いていくと、ガラスを開けた。

「私はそろそろ行かねばならないようだ」

ウィルは言った。


「行くって、どこに?」

と僕は尋ねる。


「仕事だよ」

ウィルはそう言って、不意に両腕を横に伸ばした。


すると、どこからともなく真っ黒いローブが現れて、彼の体をすっぽり覆った。ローブのフードがウィルの金色の髪と優しい青い目を隠した。


続いて彼が手のひらを上に向けると、次の瞬間、彼の手には人の身長ほどありそうな大きな鎌が握られていた。鎌の刃が鋭く光を反射する。


先ほどまでと打って変わって、ウィルは本当に死神らしく見えた。


僕は思わずつぶやいた。

「本の挿絵に出てきそうだ」


「これが死神の制服だからね」

ウィルはそう言って微笑んだ。


彼は鎌を持っていない方の手で、カラスがくわえていた紙を受け取った。そこには黒く細かい文字で、何かがずらりと書かれている。


ウィルはそれを僕に見せ、重々しい口調で言った。


「ここに書かれているのは、近々死ぬ人間の名前とその日時だ。今から私は、ここに書かれている人間の元を一人一人訪ね、その魂をこの鎌で体から切り離し、グリモーナに持ち帰る。これを毎日毎日繰り返す。それが死神として生まれた者の責務なのだ」


その紙には、たくさんの名前が並んでいた。名前リストは上から下まで、几帳面な文字で手書きされている。このリストを書く仕事には、就きたくないなと思った。


「今日もリストは長い。私は夕刻まで戻らないだろう。オリオ、ロミ。留守番をよろしく頼む」


ウィルはそういうと、黒いローブをひるがえし、右肩に鎌の柄を乗せて颯爽と家を出ていった。彼の後ろをさっきのカラスが追いかけて飛んでいるのが、窓から見えた。


僕はつぶやいた。

「行っちゃった」


「仕事だからね。仕方ない」

とオリオは言った。


僕はさらに尋ねた。

「オリオは、行かなくていいの?」


「え、僕? なんで?」

オリオは心底、不思議そうに聞き返した。


僕も戸惑いながら言った。

「え? なんでって。リストに載っている人の魂を毎日毎日回収しに行くのが、死神の責務だって、今さっきウィルが言ってたから。オリオもそうなのかなって」


「ああ、そういうことか」

オリオは言って、愉快そうに笑った。

「それなら僕は関係ないよ。だって僕は死神じゃなくて人間だもの」


「ええ?」

僕は驚いて少し大きな声を上げた。


彼は「ごめんごめん、言ってなかったよね」と頭を掻いた。

「そうなんだ。僕も数年前、君と同じようにここに迷い込んだ、哀れな迷える魂の一人さ」


「なんだ、そうだったの」

僕は笑った。


オリオが人間だと知って、彼のことがさっきまでよりもっと頼もしく思えた。


オリオは僕に右手を差し出した。

「これからよろしくね。ロミ。たまたまここに流れ着いてしまった者同士、仲良くしよう」


僕はその温かい手を握った。

「よろしくね、オリオ」


すると彼は握った手に少し力をこめて、僕を引き寄せた。そして僕の背丈に合わせて上半身をかがめると、声をひそめてこう言った。


「これはウィルと長いこと暮らしてきた僕からの、最初の忠告。彼は確かにいい人だ。だけど、あんまり妄信しすぎちゃいけないよ」


「ええ、どうして?」

僕は何を言われるのかと、少し身構えた。


彼は真剣な顔をして言った。

「ウィルはわりと大袈裟で、そのくせ本当のことは口に出さないから」


「たとえば?」


彼はそこで一瞬、視線をそらした。そうして記憶の中からウィルとの思い出を探り当てると、彼は再びこちらを向いた。


「たとえば、死神の責務は毎日毎日魂を回収しに行くことっていう、アレ。最初に僕も言われてさ、『うわー、死神って超ブラック!』って思ってたんだけど、実際全然そんなことないんだ。死神って裁量労働制で、リストに載ってる魂さえ期日中に回収できれば、一週間に何時間働こうが自由なんだよ。ウィルなんか、週四日以上働いてるとこ、見たことないし」


「わ、想像してたよりホワイト」


「ね、だから彼の言うこと、あまり真に受けすぎちゃだめだよ」


「わ、わかった」

僕はこくこくと頷いた。

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