案内
第4話 キッチン
「今日からロミは、この家の住人になるんだから、ここのことはよく知っておいた方がいい。さあ、ついておいで」
オリオのアイデアで、僕はウィルの家を案内してもらうことになった。
「まず、今いるここがリビングだよ」
オリオはそう言って、腕を広げた。
この部屋には、庭に続く大きな窓があって、そこから太陽の光がさんさんと差し込んでいた。その横には、先ほど座っていたソファーとテーブルがある。
それとは別に四人ほどが座れる木の食卓もあって、その真上の天井にはライトが埋め込まれている。壁際には観葉植物があって、その横には無造作に死神の鎌が立てかけられていた。
明るいこの部屋で、その鎌だけが浮いていた。
僕の視線に気づいて、オリオは説明した。
「この家にはいくつも死神の鎌が放置されてるんだ。本当は、玄関に鎌置場があって、そこに収納するはずなんだけど。ウィルは仕事から帰ってきたあと、五割くらいの確率でその辺に鎌を放置する癖がある」
「困った癖だね。こんなところに置いていて、刃につまずいたりしたら大変だよ」
足の指が切れてなくなっちゃうかも。僕は想像して、思わず足の指をギュッと丸めた。
オリオは笑った。
「大丈夫だよ。この鎌は、死神でも使えるようになるまで長い訓練が必要なんだ。ましてや僕たち人間には、触ることすらできないよ。ほら」
彼は言いながら、右手をスッと刃に乗せた。それからその手をゆっくりと下におろす。僕はヒヤヒヤしながらそれを眺めたけれど、幽霊が壁を通り抜けるように、オリオの手は刃を通り抜けるだけだった。
オリオはにっこり笑いかけた。
「ね、これなら安心でしょ」
「すごいね。でもどうして人間には、鎌を触ることができないんだろう」
僕が尋ねると、彼はえーと、と言い淀んだ。
「実は、前にウィルに理由を訊いてみたことがあるんだけど、僕、現世にいたときから魔法はからっきしで。説明が難しくて理解できなかった」
彼はバツが悪そうに言った。
「どうしても知りたかったら、ウィルに直接聞いた方が早いよ」
それから僕たちは、キッチンに移動した。キッチンには流し台とコンロ、食器棚や冷蔵庫が置かれていて、電気ケトルやパン、コーヒー豆や茶葉、調味料なんかも置いてあった。
「現世のキッチンと変わらないね」
僕が言うと、オリオはそうでしょ、と自慢げにうなずいた。
「実はね、このキッチン、僕が来たばかりのときはなかったから、ウィルに頼んで作ってもらったんだよ」
「へえ、そうなの! すごいね」
僕は言ってから、一拍遅れて驚いた。
「え、キッチンなかったの?」
オリオは楽しそうに言った。
「死神の家って、キッチンがついてないのが普通なんだ。死神は何も食べなくても生きていけるから、食事をする習慣がないんだって。彼らも消化器官自体は持っているし、味覚もあるらしいんだけどね」
「へえ。じゃあ、オリオがここで生きていけるようにするために、ウィルはキッチンを用意してくれたんだね。人間は食べないと死んじゃうから」
僕がウィルの優しさに感心していると、オリオは手を振って「それは違う」と否定した。
「僕たちだって、魂だけになっている身だ。食事を必要とするのは肉体の方。魂だけなら何も食べなくても生きていける」
「そうなんだ。あれ、じゃあ、なんでオリオはキッチンを作ってもらったの?」
僕が尋ねると、オリオはいつになく真剣な表情をした。
彼はまるで舞台俳優のように劇的な口調になった。
「ロミ、想像してみてくれ。今、君の腕には点滴のチューブがたくさん刺さっている。そこから流れ落ちてくる透明の液体には、生きるのに必要な栄養素は全て入っている。つまり食事を取らなくても生きていける。だからって、ロミは大好きな食べ物の味を忘れられる? 食べる必要がないからって、食べたいという気持ちまで消えてなくなる?」
僕はゴクリと唾を飲んだ。
それから首をキッパリと横に振った。
「そういうことだよ」
オリオはニヤリと笑った。
「幸いウィルも、食事をするという人間流の風習を気に入ったみたいでね。最近は、僕が頼まなくても色々食材を調達してきてくれるんだ」
オリオは言った。
「死神の世界にも、食べ物を売っているお店があるの?」
僕は尋ねる。オリオはいいところに気がついたね、と言った。
「ないよ。というかそもそも、死神は全員が人間の魂を回収することを職業としている。だから農業とか畜産業とかいう概念が、ここにはない。誰も食料を生産していないから、死神の世界では食料は手に入らない」
「ということは、食べ物は現世から取ってきてるの?」
それって、万引きみたいにならない? と僕は少し、後ろめたい気持ちになる。
オリオは真面目な顔で頷いた。
「そうだよ。ウィルによると、食料調達の手順はこう。まず彼は、人間に見られないようにスーパーマーケットやレストランにこっそり忍び込む」
「・・・・・・それから?」
「それから、消費期限が切れて廃棄されそうになっている食材、つまり死にかけの食材を探す」
「死にかけの食材」
「そう。そして、その死にかけの食材から、魂だけを死神の鎌で切り取る」
「死にかけの食材の魂」
「そう。そしてその魂をグリモーナに持ち帰り、ちょちょいと魔法をかければ、廃棄寸前だった食材もあっという間に元気を取り戻し、僕らのキッチンに収まるというわけさ」
僕はそれをきいて、安心した。
「わ、想像してたよりSDGs !」
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