第74話 助っ人

僕は一人で帰れると言ったのだけれど、マキは聞き入れなかった。


「お姉様も言っていたけれど、今日は本当に具合が悪そうだよ。ただの寝不足には見えないっていうか、精神的にも疲れ切ってそうというか。とにかく放っておけない」


そこまで心配されては仕方がなかった。お言葉に甘えて、マキと一緒に黒い馬車に乗り込む。


いざ帰ってみると、庭に二人分の人影が見えた。


片方はオリオ。もう片方は意外なことにティルトだった。馬車が停車すると、ちょうどティルトが苛立ち紛れに叫んでいるところだった。


「なんでそんな面倒なことに協力しなきゃならねえんだよ。絶対にお断りだ」


また何か揉めている。どうしてこう、あの二人は穏便に会話ができないんだろう。

慌てて馬車を飛び降りて、彼らに駆け寄った。


「二人とも、今度はどうしたの?」


オリオは僕の姿を見て声を上げた。


「あ、ロミ! 今朝から姿が見えないから心配してたんだよ」

「ごめん。何も言わずに飛び出しちゃって」


あとからやってきたマキが、ティルトとオリオに尋ねた。


「で、二人は何を騒いでいたの?」


オリオは「聞いてよ」と愚痴っぽくティルトを指さした。


「ジュリアがいなくなってからロミの元気がないから、何かできることはないかって僕なりに考えて、いい方法を思いついたんだよ。研究所に乗り込んでジュリアを奪還してしまえば、万事解決じゃんってね! だから奪還作戦に協力してくれってティルトに頼んでたんだけど、この臆病者ってば全く乗り気にならないんだ」


奪還作戦と聞いて、僕とマキは顔を見合わせた。道のりは違えど、たどり着いた結論は同じだったようだ。マキはふっと笑い声をもらした。


「驚いた。さっき全く同じ話を、ロミから聞いたところだよ」

「ええっ?」


今度はオリオとティルトが顔を見合わせた。オリオは困惑しきった様子で、ティルトに尋ねる。


「ロミって、そんな過激なことを言うタイプだっけ?」

「俺に聞かれても、知らねえよ。お前の方が詳しいだろ」

「うっ、確かに。バカな質問だった」


こほん、と気を取り直してオリオは状況をまとめた。


「とにかく、僕はティルトと二人で研究所に乗り込むつもりだったんだよ。断られたけど」


オリオがティルトに話を持ちかけたというのが意外だった。いつの間にそんなに仲良くなったのだろう。そのことについて訊いてみるとと、オリオは気まずそうにした。


「本当はロミやウィルに相談しようかと思ったんだけど、僕の勝手な行動に二人を巻き込むのは申し訳ない気がして、言い出せなかったんだ」


直後、ティルトの目がすうっと細められる。


「おい、俺は巻き込んでいいのかよ」

「え? うん。僕は自信があるんだ。ティルトにだけは、どれほど迷惑をかけようとも、一切、罪悪感は抱かないだろうってね」


結局のところ、二人はそれほど仲良くなってはいないようだった。




奪還作戦を決行するならマキも一緒に来てくれることを、みんなに打ち明けた。するとオリオは「さすがマキ!」と頼もしい助っ人を喜び、一方、ティルトは呆れ返った。


「お前らなぁ。たかが病の木一本だろうが。そんなもんに、どんだけ必死になってんだよ」


「ただの木じゃない。そんな言い方しないでよ」


僕は強い口調で言い返す。今の僕は、寝不足が一周まわったのか、決意に満ち溢れて恐れを知らなかった。ティルトは少したじろいだ。


「そりゃあ、まあ、わりと綺麗な見た目の木ではあったが」

「そうだよ。それに見た目だけじゃない。ジュリアには、少女の姿の木の精霊が宿っているんだ」


「木の精霊って・・・・・・。どうせ見間違いだろ」

「見間違いじゃない。確かにいるんだ」

「剪定したときは、そんなもんいなかったぞ」

「僕にしか見えないんだよ」


ティルトは面倒になったのか、急に投げやりな口調になった。


「ああ、くそっ。木の精霊でも何でも、好きにしろ。とにかく俺は不参加だ。やるならお前らだけでやれ」


マキはそんな彼を冷めた目で一蹴した。

「だってさ。じゃ、臆病者は放っておいて、さっさと作戦会議でもしよう」




僕たちは三人で、研究所に侵入するにはどうすべきかについて、いたって真面目に話し合った。しかし、なかなかいい案は出なかった。なにせ三人とも空き巣まがいの経験なんて、一度もないのだ。まともな考えがそう簡単に出るわけがない。


それでも僕たちは諦めなかった。ない知恵を絞って、アレコレと意見を交わす。そんな僕たちの様子を、ティルトは黙って見ていた。


議論が煮詰まってきた頃。


「なあ」

彼は不意に言葉を挟んだ。作戦会議を一時中断すると、ティルトは考え込むように視線を彷徨わせていた。

「ジュリアの病は、どんな症状を引き起こすんだ?」


なぜそんなことが気になるのか不思議に思いながらも、僕は記憶を手繰り寄せた。たしか、それについてはハリスが何か言っていたはずだ。


「科学性疾患としては脳神経の異常、魔法性疾患としては幻覚、だったかな?」


んん、なんか結構怖い病気っぽくない? とオリオの声が聞こえる。たしかハリスがこの話をしていたときには、彼は一緒にいなかったのだっけ。その横では「幻覚、か」とマキも神妙な顔で呟いている。


一方、ティルトは一人で納得して呟いた。


「なるほどな。そういうことか」


彼は準備運動をするように軽く肩を回すと、先ほどとは打って変わってきりりと宣言した。


「さっきは勢いで断ったが、その作戦、乗った。俺も行く」

「ええっ? あ、ありがとう」


なぜ彼が急にその気になったのか、僕には全く分からなかったけれど、助っ人がまた一人増えたことは素直にありがたく思った。




「そうと決まれば、善は急げだよ」


オリオの発案で、研究所に忍び込むのは今夜に決まった。不法侵入は善ではないのでは?と思ったけれど、僕としてもジュリアと早く会えた方が嬉しいから、特に指摘はしなかった。

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