第45話 遁走

マキとオリオと僕は三人揃って、この驚くべき再会を喜び合った。


しかしそこへ、サリアからマキへと冷ややかな声が飛んできた。

「腐敗魂の切除、随分時間がかかったようだね」


マキは、急に夢から現実に引き戻されたかのように、ハッとしてサリアに向き直った。


彼女は気まずそうに目を伏せた。

「ごめんなさい。でも、前は二時間かかっていたのが、今日は一時間で終わらせることができた」


サリアは呆れ声を出した。

「それは早いうちに入らないよ。マキもこの家の死神なら、十分以内に作業を終えられるのが当然だ」


「十分でできて当然、か」

マキは小さな声で、そうつぶやく。


僕たちは黙って、二人のやりとりを見守った。


サリアは言った。

「うちは代々、強い死神ばかりが続いている家系だ。マキも当然、そうあるべきだよ。鍛錬に励みなさい。人間なんぞと戯れている時間があったらね」


人間なんぞという表現に、僕はまた少し心を削られる気がする。


そのとき、マキが思わずといった様子で、サリアに数歩詰め寄った。

「本人たちがいる前で、そういう言い方はやめなよ」


彼女は僕たちとサリアの間の壁になるように仁王立ちした。僕はマキが頼もしい戦士のように感じた。


しかしサリアはにべもなく、首を振って当たり前のように言い放った。

「マキはどう思っているか知らないけれど、人間とはただの魂の回収対象だよ。いちいち丁寧に接していたら、回収どころじゃなくなってしまう」


「そんな」

マキはショックを受けたように、うつむく。


僕も思わず息を呑んだ。


ただの魂の回収対象。

死神にとって僕たちは、ただの対象物でしかない?


空気を和ませようとしてか、黙っていたウィルが口を挟んだ。


「私はマキ嬢の考えにも、一理あると思うけれどね。オリオやロミの例を鑑みるに、長寿なだけで永遠と同じ業務を繰り返す死神よりも、むしろ人間の方が多彩な感性を持っていて共に過ごすと刺激になる。尊重しておいて損はないと思うが」


サリアは彼の仲裁を一蹴した。

「マキ、彼のような怠惰な死神の言うことを真に受けてはいけないよ」


ウィルは少しムッとした。

「失敬な。仕事は嫌いだが、責務は果たしているぞ」


ウィルの仲裁の試みが失敗に終わって、ピリついた空気が停滞した。

そんな玄関ホールに嫌気がさして、ついにオリオが音を上げた。


「喧嘩なんて楽しくないことに巻き込まれるのはごめんだね。ロミ、こんなとこさっさと出ていって、街に遊びに行こう」


「え? あ、うん」

僕が弱々しくうなずくと、オリオはスッとマキにも手を差し伸べた。


「ほら、マキも一緒に」


マキは差し出された手を、驚いたように見つめた。

彼女はクスッと笑った。


「オーケー。行こう。二人とも、こっちだよ」

マキは手招きながら、出口に向かって走り出した。


「そう来なくっちゃ」

オリオがニヤリと笑って、そのあとを追いかける。


「ああ、ちょっと、待ちなさい」


声を張りあげるサリアを、ウィルがまあまあと制した。

「休息は鍛錬と同程度に大切だ。そう思わないかい」


それから彼は、僕を振り返って、にっこり笑った。

「行っておいで」


僕はぱあっと顔を輝かせて、先に出発した二人を追いかけて全力で走った。




庭の小道から街の石畳を、走って走って走り抜ける。川にかかる大きな橋に差し掛かったところで、僕たちははぁはぁと立ち止まった。


川の上を吹き抜ける風が心地よくて、僕は風と向かい合った。水面が真っ白い光をキラキラと反射していた。


「ねえ、本当に三人で逃げてきちゃった。人間たちと遊んでる暇があったら鍛錬に励めって、お姉様に言われたばかりなのに」

マキは内容とは裏腹に、愉快そうな笑顔で言った。


オリオは喘ぐように深呼吸しながら、気持ちのいい風を吸い込んだ。

「鍛錬なんて、いつでもできるよ。また今度でいいって」


僕も付け加えた。

「マキはいつも森で自主練してるでしょ。十分頑張ってると思うよ」


マキは少し考えたあと、ふふっと笑った。

「ありがとう。そうだね。一日ぐらい、こんな日があってもいいかも」




僕たちはオレンジ色の陽光が街を染めてしまうまで、三人で過ごした。夕日が半分隠れる頃に、僕たちは最初の橋に戻ってきた。


昼間とは色の違う幻想的な夕暮れ。

久しぶりに一日中動き回った心地よい倦怠感。

三人で過ごした今日という日への満足感。

目の前ではオリオとマキが冗談めいて談笑している。


満ち足りた気持ちに包まれながら、僕は不意に思った。

ジュリアもここにいれば、もっと素敵だっただろうな。


僕は彼女が隣を歩いているところを想像した。

「今日は楽しかったね」

もしジュリアがそう笑いかけてくれるとしたら。


それは少し贅沢すぎる気がした。


不意に、わた雲が風に流されて夕日の前を横切った。街全体にうっすらと影が落ちる。僕はサリアの元で思い出した、新たな記憶に想いを馳せた。


あなたは私の大切な人みたいに、急にいなくなったりしないって約束してくれる?

そう言ってすみれの彼女は僕にすがった。


けれど現世の僕は、眠ってしまったまま目覚めない。

彼女はきっと、今も独りだ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る