第62話 臆病者

戦場からの帰り道。

僕とオリオはお互いを支え合いながら森の中を歩いた。


ザクリ。ザクリ。一歩一歩、ゆっくりと、きしむように足を踏み出した。オリオは体を動かすたび、痛みにうめき声を上げた。彼は肩以外にも、身体中にいくつもの怪我を作っていた。


彼はしばらく歩いたあと、耐えかねたように何もない場所で立ち止まった。


「ねえ、ロミ」

オリオが呼びかけるので、僕も魔力不足でふらつく足を止めた。


オリオは振り返って、ティルトから距離が十分離れたのを確認すると、肩の力を抜くように嘆息した。


「ねえ、僕って意気地無しなのかな?」

「え、どうして?」


突然のことに聞き返すと、彼はやれやれ首を振った。


「正直、ティルトの話を聞いて、死神としてやっていくのが正しい選択なのか分からなくなったよ」


僕はオリオが疲れきった表情をしていることに、今初めて気がついた。


『もし僕が死んだら、このイヤリングとは離れ離れになってしまう。そうでしょ? だから僕は死なない。死なないために、死神になる』


そう言い切ったオリオとは別人のように、彼は途方に暮れた顔をしていた。

「家族のためだとか言いながら、本当は死ぬのが怖いだけなのかもしれないね?」


僕は答えられずに、視線を泳がせた。


人の魂を平然と狩れる人間がいるとは思えなかった。それと同時に、もし僕がオリオと同じ立場だったら、ティルトに首を切ってもらっただろうかと思うと、それも恐ろしいばかりで現実味がなかった。


僕はグリモーナにやってきた翌日、ティルトに初めて会ったときのことを回想した。あのときの彼は、僕が死神の世界にやってきてすぐだと聞いた途端に、鎌の刃を首に当てた。手遅れになる前に現世に送り返す、と言って。


あの冷たい刃は、彼なりの思いやりだったのだろうか。




森を抜けた僕たちは、草原をとぼとぼと歩いた。薄雲が空いっぱいに広がって太陽を弱めていた。緑の草花はよどんだ空気の中、影をたたえてじっとしていた。この世界で動いているのは、僕たち二人だけのような気がしてきた。


沈黙を追い払いたくて、僕は言った。


「そういえば、今日はお客さんが来てるんだっけ」

「ああ、そんなこと言ってたね。すっかり忘れてた」


何もない草原を歩いていく。疲労感からか、世界までいつもの元気を失ってしまったかのようだ。


しかしようやくウィルの家が見え始めると、僕たちはいつもと明らかに違うその様子に釘付けになった。

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