第93話 写真
僕たちを照らす太陽の光は、窓枠の形通りに四角く切り取られて差し込んでいる。そしてその光が当たらない影の部分、ベッド脇のサイドテーブルにはある写真立てが立っていた。
たんぽぽのような細かい花びらが彫り込まれたフレームの中央で、まるで夏の青空を人の形に形どったみたいな笑顔をした女性がピースサインを作っている。その弾けるような明るさも、影がたまった部屋の隅では色を失って見えた。
ティルトは写真に映る女性に、夕凪のような穏やかな面持ちで相対した。
「俺がまだ現世にいた頃、こいつに最後にあった日に約束させられたんだ。いつか どこかで 必ずまた会おうってな」
させられたという言い回しとは裏腹に、彼は懐かしむように吐息をつく。とてもただの知り合いについて話している様子には見えなかった。きっと彼女はとても大切な人だったのだろう。彼は言った。
「そのすぐあとだった。俺が死神の世界なんかに来ちまったのは」
僕は思わず、写真から目を逸らした。
「じゃあ、その約束は果たせなかったんだね」
「ああ」
もし彼にも帰還許可証が届いていれば。僕は虚しい想像をする。
もし帰還許可証が届いていれば、彼はきっと約束を果たしていただろう。
窓の外、そよ風が吹いて、木の葉を川の向こうに連れて行く。
それがどうしようもなく寂しくて、切ない。
傷がときおり痛むのか、ティルトは顔をしかめて体の向きを変えた。
「死神になってから一度だけ、あいつの元に行く機会があった」
僕はその言葉に、ハッと息を呑んだ。現世の人間には、死神を見ることができない。でも少なくともティルトは、彼女の様子をうかがい知ることができたのだ。僕はそう解釈して、尋ねる。
「その人は、元気だった?」
すると彼は、質の悪い冗談を聞いたように、ふはっと笑った。
「元気なわけないだろ。用事もないときに、死神は現世に行かねえよ。あいつに会いに行って、そこに置いてある鎌で魂を切り取った。あいつを、この手で殺してきたんだ」
視界の端で、壁に無造作に立てかけられた鎌の刃が、獲物を前にした獣の瞳のように残忍な銀の光を放つ。僕はすぐに不用意な発言を後悔した。しかしティルトの話はまだ続いている。
「ある朝、受け取った死人リストに、あいつの名前が書いてあったんだ。神はわざわざ俺に、あいつを割り当ててきやがったんだ。その時点でもう俺には拒否権がない。それでもどうにもムカついたから、ストライキしてやろうと思って、あの日俺は自分で自分の首を切った。結局、意味はなかったけどな。死神の体ってのは無駄に頑丈にできてるってことが分かっただけだった」
一息に話し終えると、彼はうっと呻いて歯を食いしばった。脇腹の傷に送っていた回復魔法の出力が上がる。僕はその様子を呆然と眺めた。彼の話は淡々としていたけれど、その内容は具体的に想像すればするほど苦痛を増した。
彼がどうして僕とオリオを執拗に現世に返そうとしたのか、このときようやく本当の理由を理解した気がした。
「ロミ」
名前を呼ばれた。ハッとして目を向け直す。
「お前だけでも 現世に帰れて、本当によかった」
ティルトは見たこともないような、優しくて力強い瞳で僕を祝福していた。
ああ彼は本当に、心の底から、僕が現世に帰れることを望んでくれていたんだ。
それがただ嬉しくて、でもそれゆえに、余計に彼が現世に帰れなかったことが悲しくて、僕は胸がいっぱいになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます