第54話 同盟

マキとのやりとりが、急激に僕の心を軽くしてくれた。僕はどこからか湧いてきた気力を確かめるように、それを言葉に表した。


「そもそも今まで、ジュリアはあの植物園でずっと育ってきたんだ。これからもうまくいくという保証はないけれど、それと同じぐらい、必ず失敗するっていう保証もない。それにわざわざ研究所に彼女を移動させなくても、ハリスがたまに様子を見にきてくれれば、それで上手くいく話だ。もしそれがダメでも、ちゃんと考えれば、ジュリアと離れ離れにならずに問題を解決する方法なんて、きっといくらでも見つかるよ」


「そうそう、その意気だよロミ」

オリオは僕の回復を喜んだ。




それにしても、とマキは優しく目を細めた。

「病の木のことを『彼女』と呼ぶなんて、ロミはジュリアという若木のことをよほど大切にしているんだね」


僕がジュリアを『彼女』と呼ぶ本当の理由は、彼女が少女の姿で現れることだった。けれど、どちらにせよ、彼女のことを大切にしているのは本当だったから、僕はただ肯定した。


「ジュリアはね、僕がこの世界にやってきて初めて出会った相手なんだ。彼女の方も、僕がこの世界に流れ着いたのとほぼ同じ時期に、この世界に芽生えた。きっとそのときから僕とジュリアは、二人一組だったんだ」


マキはふふっと笑った。

「二人一組、か。知らない人が聞いたら、ジュリアが木だなんて思わないでしょうね」


オリオが愉快そうに人差し指を立てた。

「実際、ジュリアはただの木じゃないよ。なんせ、あの若木には紫色のワンピースを着た少女の姿の木の精霊が住んでいるんだもの」


マキは首を傾げた。

「木の精霊? なにそれ」


オリオは虚を突かれたように頭をかいた。

「あれ。死神の世界は現世より魔法に溢れてるから、木の精霊ぐらいいてもおかしくないと思っていたんだけれど、違う?」


マキは首を振った。

「精霊が宿っている木なんて、聞いたことがないよ」


僕はマキのために、少女の姿のジュリアのことを力説した。


彼女が夢の中で、自分の本当の姿は若木だと言っていたこと。

今では夢の中だけでなく、現実の世界にも現れるようになったこと。

「さっきも植物園で、彼女と話したところだよ」


マキはその瞳をかげらせて、オリオに尋ねた。

「オリオは、少女の姿のジュリアを見たことがある?」


彼は首を振った。

「ないよ。ロミにしか見えないんだってさ。まあどのみち僕は、一度彼女のことを切り倒そうとしているから、会ってくれないと思うけど」


うーん、とマキは難しい顔をした。

「ロミにしか見えないなんて、まるで幻覚みたい」


僕はジュリアの姿を思い浮かべて、強く否定した。

「彼女は幻じゃないよ。本物だ」


マキは僕の真剣な目を見て、すぐに表情を申し訳なさそうに曇らせた。

「そう。ごめんなさい。君の大切なものを、幻覚呼ばわりして」


僕は気にしないでと微笑んだ。彼女の反応はもっともだと思った。木の精霊なんて突飛な話をされて、すぐに信じる人の方が少ないだろう。


マキは僕を見つめた。

「木の精霊が実在するかどうかはともかく、ロミがどれだけジュリアのことを大切にしているかはよく伝わった。君からジュリアを取り上げるなんて、非道なことだと思う。だから約束するよ。私、ジュリアがロミと一緒にいられるように、できることはなんでも手伝う」


今の僕にはその約束が、天使と同盟を結んだかのように心強かった。




その日の夜、仕事から帰ったウィルにもジュリアのことを相談した。彼はハリスのことを聞くと、みるみる表情がけわしくなった。ウィルは色々罵りたいことがあるようだったけれど、結局はそれらを押し殺して感想を簡潔にまとめた。


「あいつは、昔からああなんだ。最高効率での目的達成。そのためなら手段は選ばない。人道など、彼の前には意味をなさない」


一方僕は、それに同調できるほどハリスのことを嫌いになりきれてもいなかった。


「ハリスはジュリアのことが気に入っていて、自分のものにしたいという気持ちもあるのかもしれない。けれど、彼は僕のことも少しは考えてくれていると思う。だって本当に手段を選ばないのであれば、僕を説得なんかせずに、ただジュリアの鉢を奪ってしまえばよかったんだから」


ウィルは「そうではないんだ」と首を振った。

「盗んだものは返さねばならない。ハリスが求めているのは、そんな仮初の目的達成ではないのだよ」


それから彼は突然、魔法で紙とインクを呼び出すと、何か書きつづりはじめた。ウィルはインクを直接魔法で操りながら言った。


「効果のほどは疑わしいが、ひとまず私はハリスに手紙をかいてみるよ。ロミとジュリアを引き離すのは、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の二の舞であると」


丁寧な文字が順に紙に並んでいく。

「ありがとう、ウィル」


オリオ。マキ。ウィル。みんな僕の味方だ。

きっと僕はジュリアと離れ離れになることはない。

根拠はないけれど、そう僕は確信した。

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