第2幕
ジュリア
第24話 神様
すみれ畑から帰ったあとも、僕の心はまだ、そこで見た女性の姿にとらわれ続けていた。
友情の証として、すみれの花冠をくれた彼女。
背が高くて、落ち着いた優しさをまとった彼女。
彼女にとって僕はどんな存在だったのだろう?
いつ、どこで知り合ったのだろう?
友情の証をくれたということは、かなり仲が良かったのかな?
今、彼女はどうしているんだろう?
僕が生死の境にいることを知っているの?
現世で僕が息を吹き返すのを、今この瞬間も待ってくれているのかな?
分からないことが後から後から湧いてきて、長い迷路をさまよっているようだった。
そのとき初めて、僕は今まで感じることもなかった、しかし考えてみれば当たり前の感情を思い出した。
現世に帰りたい。
現世ではすみれの花冠の彼女が、家族が、友達が、大切な人みんなが、僕が息を吹き返すのを、今か今かと待っているのかもしれないのだ。
僕は居ても立っても居られなくなって、もう寝る時間だということにも構わず、ウィルの部屋の扉を叩いた。
彼は物書き机の上に散らばった、細長い紙切れを片付けようとしているところだった。
「ねえ、ウィル。僕はいつ帰れるの?」
僕はいきなり尋ねた。
ウィルは手を止めて、僕の方を向いた。
「君がグリモーナを離れる契機には、二種類ある。一つ目はあまり喜ばしい話ではないが、これに君の名前が載ることだ」
彼は整理していた紙切れの一枚を、僕に見せた。
それは死人の名前と日付が書かれたリストだった。
僕は唾を飲み込んだ。
「ここに名前が書かれたら、僕は死んでしまうんだね」
ウィルは紙を元あった場所に戻して、続けた。
「二つ目は、君に現世への帰還許可証が発行されること。許可証さえあれば、君は帰ることができる」
「その許可証は、誰が書いているの?」
「人の生死を左右する権限のある者さ」
「そんな大切なことを、決める権利を持っている人がいるの?」
僕はおそるおそる、尋ねた。
その人は普段、どんな気持ちでそれを決めているのだろう。
どんな理由で、許可証を出さないという、恐ろしい決定をするのだろう。
ウィルは言った。
「いるとも。この世にただ一人だけ。死人リストに日々、人間たちの名前を書き連ねているのもその人だ。かつて私たち死神や君たち人間をこの世に生み出した者、その者だけが我々を破壊する権利を持っている。そう、それは私たちが神と呼んでいる存在だよ」
「神様」
僕は繰り返した。
確かに、僕たちを生かすことも殺すこともできるとすれば、それは神様だけだろうし、神様だけであってほしいと思った。
ウィルは僕をなだめるように、優しく言った。
「私たち死神は神の使いとして、君たち人間に死を運んでいるわけだが、その実、いつ誰がどんな理由で死に、いつ誰がどんな理由で生きるのか、それは我々の預かり知るところではない。神のみぞ知る采配を、私たちはただ待つしかない。待つしかないのだよ、ロミ」
僕は胸に手を当てて、静かにゆっくりと息をした。
「そうだね。わかった。待つよ、ウィル。神様は神様であって、悪魔じゃないんだ。きっとそんなに酷いことはしないはず。だよね?」
ウィルは僕の言葉を否定も肯定もせず、ただ言った。
「せめて君が神の言葉を待つ間、私がそばでお供しよう」
今の僕には、その言葉だけで十分だと思った。
「ありがとう」
僕は言った。
自分の部屋に戻ると、窓から月が差し込んでいた。今日は満月だった。
僕は月の光を浴びながら、しばらくベッドに横になっていた。体は眠ろうとしているのに、心はまだ眠りたくないようだった。
眠れない時間を過ごすうちに、僕はふと、いい考えを思いついた。
今、植物園に行けば、ジュリアが月に照らされてとても美しいに違いない。
僕は静かに玄関を出た。庭は明るかった。
満月だからというのもあるけれど、それよりももっと強い光が周囲を照らしていた。
そう、植物園から灯りがもれていたのだ。
僕は植物園のドアを開けた。
そこにはオリオが、一人で立っていた。
彼はまた、黒くて刺々しいあの木を見上げていた。
彼は、マキからもらった練習用の死神の鎌を持っていた。
オリオはその鎌を両手で握りしめ、目の前の木に向かって剣のように振り抜こうとしているところだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます