ロミと木
world is snow@低浮上の極み
第1幕
出会い
第1話 ロミ
明るい太陽に揺り起こされたかのように、僕はハッと目を開いた。
僕は柔らかい緑の草の中に、顔だけ横を向いた状態でうつ伏せになっていた。草が視界の半分を覆い、もう半分では小鳥がちゅんちゅんと餌をついばんでいる。
とても気持ちのいい朝だ。
僕はそう思った。
しかし実際のところ、今が朝なのか夕方なのかは見当がつかなかった。
仰向けになると、周りには木がたくさん生えていて、それぞれが緑の葉っぱを茂らせているのが分かった。
ここは森の中みたいだ。
森は好きだ。けれど僕は、森の中に住んでいるわけではない。
いったい僕はここで何をしていたのだっけ。
今何時なのか、ここで何をしていたのか。
そういったことにしばらく思いを巡らせてみたけれど、何も浮かんではこなかった。
それどころか、僕はある重大な事実に気がついた。
今までの人生で経験したことを、僕は何一つ思い起こすことができなかった。
知識の何もかもを失った、というわけではない。
周りに生えているのは広葉樹だと分かるし、空が青いのは太陽からくる青い光が、いろいろな方向に反射されているからだということも分かった。
ただ、記憶がなかった。
理由もわからず、見知らぬ森の中にただ一人置き去りにされている。
これが僕の人生の、最初のエピソードになっていた。
「よっ」
僕が体を起こすと、驚いて小鳥がパタパタと飛んでいった。
鳥たちが飛んでいった前方には、さらさらと小川が横切っていた。その川はほんのささやかな流れだったけれど、ほのかに青くて白い光の筋のようだった。
川の上には、装飾品のように繊細なデザインのアーチ橋もかかっている。
そしてその根元、僕の目の前には、みずみずしい若木が佇んでいた。
生まれたばかりのその若木は、木漏れ日の中、きらきらと光る露で着飾って、周りの草木と戯れながら、ひときわ美しく輝いていた。
見知らぬ森に一人で放り出されてしまっているこの状況を、すっかり忘れてしまうほど、僕はその植物に魅入った。
「君のおかげで、今日はいい日になりそうな気がするよ」
僕は若木に向けて独り言を言った。
「急いでくれよ、彼に何かあったら大変だ」
不意に、川の向こうから少年の話し声が聞こえた。
僕はそちらに視線を移した。
人影が二人、小走りにこちらにやってきている。片方は僕と同じぐらいの背丈の少年、もう片方は長身の男性だ。
「そんなに焦らなくても、この温厚な森でそう危険なことは起こらないと思うがね」
大人の方が答えた。落ち着いた語調に、少し茶目っ気を混ぜたような声だった。
「あのねえ、人が倒れてるって言ったでしょ。その時点で、まあまあ危険な状態だよ」
少年が呆れた。
そして少年は、起き上がっている僕を見つけて、あっと声を上げた。
「良かった、あの子、気がついたみたいだ! 」
彼は僕の元まで走ってくると、はぁと息をついてかがんだ。
「気分はどう? どこか痛いところはない?」
僕は答えた。
「うん。大丈夫。今日はとても気持ちのいい朝だな、って思ってたとこ」
「あれ、そうなの? もしかして倒れてたんじゃなくて、草をベッドに寝ていただけ?」
少年はそう言って気の抜けたような笑い声を上げると、崩れるように草の上に膝をついた。
このタイミングでもう一人がゆっくりと追いついてきて、僕に尋ねた。
「やあやあ、初めてお目にかかる顔だね。このような何もない森の奥で、いったい何をしていたんだい」
「それが、僕にも思い出せなくて」
と僕は言う。
すると二人は顔を見合わせた。
そよ風が吹き込むと、背の高い男がこほん、と咳払いをした。彼は青い瞳に優しそうな光を湛えて言った。
「訳もわからず森の中、一人で放置されて心細かっただろう。来るのが遅くなってすまなかったね。私はウィル。この近くに住んでいる者だ。そして、こっちの少年がオリオ」
紹介されて少年は、軽くお辞儀をした。彼の耳元で青い耳飾りがキラリと光る。
「君、名前は思い出せる?」
オリオに尋ねられた。
僕はなくなった記憶の中を、手探りした。
すると、ある名前が心に浮かび上がった。
僕はその名前を口にした。
「僕の名前は、ロミ」
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