第23話 記憶
次に光が差したとき、僕の前には一人の女性が立っていた。先ほどの少女とは別の人だ。黒いワンピースに、明るい金色の長い髪。
彼女はすみれ畑の中央で、僕のことを手招いている。彼女の顔をよく見ようとしたけれど、なぜか視界がぼやけてうまくいかなかった。
僕は招かれるまま、すみれ畑の中央に座った。彼女は僕の隣に座って、何か話した。しかしその声は、まるで音量をゼロに設定したかのように、僕には聞こえてこない。
彼女は音のない世界で話しながら、手に持っていたすみれの花冠を僕に差し出した。
友情の証。
彼女の唇がそう動いたのがわかった。
差し出された花冠を見て、僕は雷に打たれたような気持ちになった。
この光景、僕は知っている。
これは、僕の記憶の中のワンシーンだ。
そう気づいた途端、また視界が暗くなった。
次に目を覚ますと、僕はすみれ畑の中でしゃがみ込んでいた。カラスがすみれの中から顔を出して、僕を不思議そうに見上げていた。顔をあげると、さっきの深海色のローブの少女が、僕を見下ろしていた。彼女の左肩では、ウィルのより少し小さな鎌が鈍く光っている。
「大丈夫?」
少女は短くそう言った。僕は力なくうなずいた。まだ頭がぼうっとしている気がする。
「一体何があったの、ロミ」
オリオが少女の横から、僕の顔を覗き込んだ。僕は言った。
「ここの景色を見たら、急に心臓が痛くなって意識が途切れちゃったんだ」
「それは多分、大丈夫じゃないやつだよ」
「でももう治った。それより聞いて、オリオ。僕、少しだけ現世のことを思い出した」
僕は今起こったことを、二人に話した。
少女は淡々と尋ねた。
「私、君の記憶の中の女性に似てたの?」
僕は彼女を改めて見つめた。記憶の中の女性は金髪のロングヘアだったけれど、彼女の髪は瞳と同じエバーグリーンで、長さも鎖骨のあたりまでだ。
「あんまり似てないかも」
僕は正直に伝えると、少女は表情を変えずに一言、
「そう」
とだけ言った。
オリオは、僕と少女をお互いに紹介した。
「ロミ、彼女がマキだよ。そしてマキ、この子はロミ。最近、死神の世界に来たばかりで、僕と同じ人間だ」
マキはクールな表情で手を差し出した。
「ああ、君が。新しい人間が来たことは噂で聞いていたよ。よろしくね、ロミ」
「こちらこそ、よろしく」
僕は彼女の手を取った。
マキは無事にカラスから小瓶を受け取ると、お礼を言ってカラスを撫でた。それから僕たちに言った。
「もうすっかり夜だし、今日は私、もう帰るよ」
オリオは返した。
「僕たちもそうするよ。またね。夜の森は暗いから、気をつけて」
「二人もね」
去っていくマキの背中に向けて、オリオは思い出したように付け加えた。
「そういえば僕、死神の鎌が持てるようになったよ」
マキはぴくりと肩を動かして、振り返った。
「それは、もうすぐ死にますっていう報告?」
「せっかくのオブラートが一瞬で水の泡に。まあ実際、君の言う通りだよ。でもそれだけじゃなくて。ちょっと頼み事があるんだ」
「何?」
オリオは言った。
「僕、いざって時になったら天国に行くんじゃなくて、死神になろうかと思う」
僕は目を見開いた。
オリオは続けた。
「だから今のうちから練習しておきたいんだ。もしマキの家に、見習い死神が使う練習用の鎌が余ってたら、一つ譲ってくれないかな」
マキは目を細めた。
「前は、毎日のように『もう一度家族に会いたい』って泣いてたのに、それはもうどうでも良くなったの?」
オリオは言葉につまって、指で耳飾りをいじった。
「ど、どうでもよくはないよ。もちろん今も、生きて帰れるのが一番いいと思っている。ただ、どんなに願っても、神様が見向きもしてくれないことってあるでしょ。そのための保険だ」
「そう。分かった」
マキは言った。
それから左手に持っていた鎌を肩から下ろして、すいっとオリオに差し出した。
「じゃあこれ、あなたにあげる」
オリオはパチパチと目をしばたいた。
「気持ちはありがたいけど、僕がもらったらマキの分がなくなっちゃうよ」
彼女はオリオが最後まで話し切らないうちに、返した。
「姉が昔使っていたのが家にまだ残ってるから、私はそれを使う」
「ああ、そう」
オリオは戸惑いながら、鎌を受け取った。
「ありがとう」
「それじゃあね」
彼女は鎌を譲り渡すと、手を振ってすみれ畑を去っていった。
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