第60話 連携

「鎌を奪うって、どうやって? 僕は鎌には触れないんだよ?」


教えを乞う気持ちで僕はカラスを問い詰めた。あれだけ自信たっぷりに提案したんだ、何か考えがあるに違いない。


しかしカラスはふいっと横を向いてしまった。


「それは知らん。自分で考えろ」

「ええ、そんなぁ」


僕は気まぐれなカラスの態度に落胆した。


でも、何か考えないといけないというのは事実だった。僕は鎌には触れない。だからそれ以外の方法で、状況を打開しないといけない。それも、オリオが取り返しのつかない怪我を負う前に。


必死で考えを巡らせた。しかし浮かんでくる考えは、どれもうまくいきそうにないものばかり。時間だけが刻一刻と過ぎていく。


焦る僕のすぐ横で、カラスは彼らしいというかなんというか、この場を楽しんでいるかのようにケケッと笑った。


「お前。鎌が触れないんだな。カラスのオレでも触れるってのに」

「そうなの?」


僕はちょっと情けない気持ちになった。


「そりゃそうだ。オレは長いこと、それこそあの青い宝石を耳につけた坊やよりも長い年月をグリモーナで過ごしているからな。魂は死の気配に満ち満ちているのさ」


言われてみれば当たり前だ。カラスは僕たちと違って、最初からこの世界の住人なのだから。


そのことに考えが及んだ瞬間、一つのアイデアが閃いた。


死神の鎌に触れるには、十分な量の死の気配を魂に溜め込まなければならない。ならば、戦っている二人の魂から死の気配を相殺してやれば、鎌を掴めなくなるのではないか。


前にバルコニーで、オリオに生の気配をぶつける魔法を使ったことがあった。あのとき彼は、まるで体が軽くなったように感じたと言っていた。つまりあの魔法ならば、死の気配を相殺できるということだ。


「この方法なら、少なくともオリオには鎌を手放してもらえる気がする!」


希望を見いだした僕だったが、カラスはクイッと意地悪く首を傾げた。

「片方だけ鎌を手放すような中途半端な作戦じゃあ、もう片方は殺されちまうな」


僕は痛いところを突かれてうなった。確かにオリオだけ鎌を手放したのでは、状況が悪化している。しかし思いついた方法がティルトにも効くかどうか、僕は自信がなかった。


なんせ相手は死神だ。

まとっている死の気配の量も段違いだろう。


もし、僕の魔法なんかでは全く打ち消せないほどの死が、ティルトに染み付いていたとしたら? 


その質問に答えられずに、思考がぐるぐると渦を巻いて停止した。早くしないと、オリオが危ないっていうのに!


決断できずに止まってしまった僕を見て、カラスは呆れかえった。


「ったく。しょうがねえ奴だ。思いついたもんはとりあえず、やってみりゃいいだろ。お前が無様に失敗したときは、オレも一応手伝ってやる。ほら、さっさとしないとアイツらの勝敗がついちまうぞ」


彼のいう通り、オリオはかなり疲れが見え始めていた。もう悩んでいる時間はない。

僕は自分に言い聞かせた。


「大丈夫。前にこの魔法を使ったときは、それなりに上手くいった。今回もきっと上手くいく。やるしかないんだ」




カラスに作戦を伝えるとすぐに、彼はパサパサと上空へ舞い上がった。彼がどんなふうにアシストしてくれるのかを聞く時間はなかったけれど、彼なら上手くやってくれると信じていた。なんせあのカラスから耳飾りを取り返したときは、三人がかりでようやく彼を取り押さえたのだ。


カラスのことはカラスに任せて、僕は金属音が響く戦場へと走り寄った。


僕は目を閉じ、手を合わせて祈る。

そして全力で、心からの希望を魔力に叩き込む。


どうか二人が鎌を手放しますように。

どうか二人が喧嘩をやめて、仲直りしますように。


その願いが心から溢れたら、きっと二人の手元に飛んでいって、死の気配を相殺し、鎌を弾き飛ばすに違いない!


「お願い、そうなって!」

僕は全身の魔力をかき集めて叫んだ。


その瞬間、体から二筋の流れ星が弾丸のように飛び出した。光の筋は弧を描いて、二人が鎌を握っている手に吸い込まれる。すると彼らの手が、燃え上がるように光り輝いた。


「うわぁ」


驚いたオリオの手から、鎌がすり抜けて地面にパタリと落ちた。彼は輝く両手でそれを拾おうとしたけれど、その手は幽霊のように柄を通過するばかり。彼は困惑した表情で手のひらを見つめた。


よかった。

オリオはうまく鎌を手放した。


あとはティルトだ。

しかし彼の手元を見て、ドッと冷や汗が吹き出した。


ティルトはまだ鎌を握っていた。取り落としそうにはなったのか、持ち方が不安定だったが、とにかく刃はまだ彼の手の中にあった。あと数秒もあれば、彼は鎌を構え直すだろう。


このままじゃ、オリオだけが丸腰になってしまう。


「どうしよう」

頭が真っ白になる。ティルトの手が鎌を捉え直そうと動く。


そのとき。


ドスッ。

鈍い衝突音と共に「うっ」とティルトが体勢を崩した。彼は前に向かってよろめきながら、鎌を取り落とした。


僕は思わず歓声をあげた。


それはあのカラスだった。

カラスが上空から急降下して、ティルトの後頭部に鉤爪でタックルを決めたのだ。


「くそっ」

ティルトが倒れながら、地面に落ちた鎌に手を伸ばす。


しかしすんでのところで、カラスはヒョイと鎌を掴むと、そのまま高い木の上に撤退してしまった。武器を失ったティルトは、戦う気力まで一緒に奪われてしまったみたいに、ガックリと膝をついた。


作戦は成功だった。


カァカァ。

カラスの愉快そうな勝利の雄叫びが、木の上から降ってきた。

僕はカラスに弱々しく親指を突き立てた。もう彼に言葉をかける気力もなかった。




全身から急激に力が抜けていくのを感じた。心臓が肋骨を蹴破りそうなぐらい、激しく動いている。先の魔法は、少しばかりハードすぎたようだった。めまいがしてきて、立っていることが難しくなる。


しかし僕はふらつく足にむち打って、ティルトに近づいた。彼には、どうしても訊きたいことがあった。俯き地面に手をつく彼に、息を切らして僕は尋ねた。


「なぜ、オリオが死神になるのをそんなにも嫌がるの?」


ティルトはこちらを見上げた。はじめ、彼は答える気がなさそうに見えた。でも僕が黙って見つめ続けていると、彼は目を逸らした。


「俺は」


溢れ出てくる感情を抑え込むかのように、彼はきつく目を閉じた。

そして彼は再び目を開くと、絞り出すように叫んだ。


「俺も元は人間だったからだ!」

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