第85話 祝福
マキの寝室では、まだ傷口の治療が続いていた。
ベッドにうつ伏せになったマキに、椅子に腰掛けたサリアが絶えず回復魔法を送り込んでいる。しかしサリアは何か別の作業も並行して進めているようで、周囲の空間には何枚もの書面が浮かんでいた。彼女はチラリとこちらを振り返ると、開口一番、こう言った。
「呪いの正体が分かってよかったね、ロミ。ジュリアを切り倒せば、きっとすぐにでも現世に帰れるよ。おめでとう」
僕はうっと言葉に詰まった。
サリアは決して悪意のない柔らかい表情をしているのに、僕は言葉を返そうとすると心が暗闇で埋め尽くされそうになる。思わず、ジュリアに首にナイフを当てる自分を想像してしまった。ああ、それだけで胸が張り裂けそうだ。
見るに耐えかねたのか、マキはじっとりとした目で姉をたしなめた。
「無神経だよ、お姉様」
そこでサリアは初めて、僕が浮かない顔をしているのに気がついたらしい。読んでいた書面を、彼女は一度わきに押しやった。
「すまないね。君は研究所から強奪しようとするほどには、あの病の木のことを気にかけているのだった。ああ、どうにもいけないな私は。ついつい、人間はみんな現世に帰りたがるものだと、型にはめてしまう」
彼女は「本当にすまない」と重ねて謝った。
激しく動くと傷口が開くかもしれないため、マキは自由に身動きができないでいた。動けない彼女の代わりに、僕たちが彼女の視界に入る場所まで移動すると、上目遣いでマキは苦笑した。
「まさか二人に、こんな情けない姿を晒すことになるとはね。自分でも嫌になっちゃうよ」
「情けないだなんて、そんな」
背中に巻かれた血の滲んだ包帯。ときどき何かに刺されたように、びくりと動く肩。その姿を痛々しいとは思っても、決して情けないとは思わなかった。
僕はかがんで、ベッドの縁に手を添える。
「こんなに傷ついてまで ジュリアを守ってくれて、本当にありがとう」
すると彼女は突然、指を突き立てるように髪をかき乱して俯いた。
「感謝なんて、やめなよ。私にはもったいないから」
まさかそんな風に返されると思わなかった。
「どうしたの?」
心配になって尋ねるけれど、彼女は顔を上げない。
それどころか、枕に顔をうずめて突っ伏してしまった。
「帰ってきてから、ずっとこんな調子なんだよ」
サリアが言った。その落ち着かない目は宙に浮かんだ書面に向けられているように見せかけて、しっかりとマキの方を向いていた。
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