第84話 結末
僕はジュリアを切り倒さないと、現世に帰れないのだろうか?
ジュリアの紫の瞳、優しい微笑み、鈴のような声を思い浮かべた。
僕の命と引き換えに、それらを全て生贄に捧げなければならないとしたら?
無理だ。そんなことはできない。
想像しただけで動悸がしてきて、自分を抱きしめるように背中を丸めた。
ジュリアを殺すぐらいなら、僕は現世に帰りたいなんて思わない。
しかしそう考えたそばから、今まで想像もしなかった冷酷な問いが浮かび上がってくる。
ジュリアはただの幻覚である可能性が高い。
それでも自分の命を、彼女のために投げ捨てられる?
存在しないもののために、自分の命を捨てるなんて馬鹿げている。でもジュリアは、存在しないものとして割り切ってしまうには、あまりにも少女だった。
答えの出ない問題に頭を抱える。ウィルは見かねて、僕を思想の世界から引き戻すためにこんな提案をした。
「先ほどからオリオが、マキ嬢の見舞いに行くために身支度をしているんだ。君も一緒に行っておいで。ついでにサリアにこのことを相談するといい。彼女なら、ジュリアを失わず、君を現世に返す方法を思いつくかもしれない」
僕は二つ返事で承諾した。
オリオに会いにいくと、彼はまず僕の意識が戻ったことをひとしきり喜び、それからマキの容体を教えてくれた。
「背中の傷からどんどん血が溢れてきて一時はどうなるかと思ったけれど、命に別状はないみたいだよ。今はサリアが回復魔法で手当てしている。全治数日で、しばらくはベッドで絶対安静だって」
僕はひとまず、少しだけ心が緩むのを感じた。
「ああ、よかった」
手放しで安心できなかったのは、もう一人の怪我人のことも気にかけていたからだ。
僕がこの手で傷つけた彼。
「ティルトは?」
最悪の答えが返ってきたらどうしようかと、こっそり手で服の裾を握りしめた。
オリオが口を開く。
「ティルトはあのあと自力で帰宅したよ。マキと同レベルの流血だったと思うんだけど、なんか普通に歩いて帰っていった。いくら死神だとはいえ、ちょっとタフすぎじゃない?」
彼はそのときの様子を思い出して、呆れまじりの笑い声を立てた。
その知らせは、暗い気持ちの中に差し込んだ光だった。うるりと視界が霞み、足の力が抜けそうになった。
そんな僕の様子に、オリオはふっと息をもらした。
「ホント、良かったよね。全員無事で」
オリオはそれから「あっ」と声を詰まらせる。その表情がかげった。
「結局、ジュリアは研究所に置いてきたままになっちゃった。ごめん」
僕はぶんぶんと首を横に振った。
この際ジュリアが切られていないのなら、それだけで十分だった。
「さて。伝えるべきことは伝えたし、まずはマキに会いにいこう。彼女、一日中動けないから退屈してるはずだよ」
コクンと僕はうなずいた。
彼女にはジュリアを守ってもらったことを、しっかり感謝しないといけない。
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