第67話 剪定ばさみ

「煽ってなんかないよ。僕はただ『ティルトは怪我の回復ができるほど、魔法が上手くないんじゃないかと心配していた』って言っただけ」


「それは煽りの一種じゃねぇのかよ」


「ええ、これが? 煽り耐性、低すぎるんじゃないの?」


ティルトとオリオはしばらく小競り合いを続けた。二人とも相変わらず敵意全開だったけれど、ティルトの目線はいつもより温かく見えたし、オリオも機嫌がいいように見えた。


きっと仲直りは成功だ。


僕は密かに二人の様子を微笑ましく思った。

そして二人の邪魔をしないように、静かに目線を外した。


太陽の光をいっぱいに浴びた窓辺の観葉植物たちが、キラキラと水滴をきらめかせている。壁際で放置された死神の鎌の刃も、この空間に溶け込んで柔らかく光をはね返している。


この部屋は寝室も兼ねているのか部屋の隅っこには、ベッドが置いてあった。その横には、丸いサイドテーブルがひっそりと佇んでいる。窓の配置の関係で、その周りだけ光が届かず、影が溜まって見えた。


テーブルの上には、写真立てがあった。凝ったデザインのフレームに囲まれて、一人の女性が写っている。長くてまっすぐな黒い髪に、襟のついたブラウスとシワのないスカート。そんな彼女が弾けるような笑みをカメラに向けている。ティルトの知り合いだろうか?


写真立ての横には、花瓶に活けられた黄色い花と、剪定ばさみも置いてあった。そのはさみには見覚えがあった。ジュリアを剪定してくれたときに、ティルトが使っていたものだ。


僕の視線に気がついたのか、ティルトは出し抜けに口論を中断した。


「そういえばあの木は、ジュリアは元気か?」

「えっと」


僕は言葉を詰まらせる。せっかく剪定方法を教えてもらったのに、結局実践できないまま、こんなことになってしまった。小さな後悔がまたチクリと心を刺す。


僕はジュリアが連れ去られてしまったことを、ティルトに打ち明けた。




事情を聞いても、ティルトはそれほど態度を変えなかった。ただ彼は少し残念そうに肩をすくめた。


「花が咲いたってウィルから聞いて、見るだけ見てみようかと思ってたんだがな。研究所に持ってかれちまったんなら、もう二度と植物園に戻ってくることはなさそうだ」


オリオは前半を聞いて意外そうに口を開け、僕は後半を聞いて肩を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る