第97話 管理局

人の魂を現世に帰す特別な魔法のための儀式は、管理局と呼ばれる施設で執り行われることになっている。管理局へは僕とウィルに加えて、オリオも一緒に行くことになった。彼は『最後のお別れまで、ロミと一緒にいるんだ』と、珍しく早起きして外出の準備を整えていた。


全員の身支度が終わると、僕たちはいつものように、病の果実かと思うほどの漆黒で塗られた馬車を呼び出して、街へと駆けた。


今はカタコトと揺れる馬車の中、ウィルは人差し指を立てて、管理局について詳しく語り聞かせているところだ。


「管理局の持つ最も大きな役割は、現世から連れてきた魂を集約し、一括で天国へ送ることだ。しかし他にも、さまざまな業務を担っている。例えば回収した魂の状態からその年にどれだけ病の果汁を散布するかを決定したり、毎朝届く死人リストをカラスに頼んで運ばせたりといったことだ。今回は人間の魂を現世に帰すという特殊な案件だが、それも管理局が担当なのだよ」


すると、隣に座っていたオリオが物知り顔で補足を入れた。


「管理局なんて現代チックな名前がついているけれど、見た目はむしろ巨大な教会って感じだったよ」


巨大って、一体どれぐらい巨大なのだろう。まだ街に入ってもいないというのに、僕は窓からの景色を見逃すまいと、首を傾けて身を乗り出した。






街の中央に鎮座している、管理局。いくつもの尖塔を持った大聖堂のようなその建物には、いたるところに華やかな彫刻が施されていて、はるか上までスラリと伸びる石造りの尖塔たちは、天空を支える柱のようにどこまでも真っ直ぐそびえていた。中央部には紅色に輝く紋章が、悠然と煌めいている。


「まるで背の高いティアラみたいだね。真ん中に紅い宝石が飾られているなんて、素敵だ」


遠目に見ていたときには思わずそんな感想が出るほど、繊細で美しく見えたその建物だったけれど、近づけば近づくほど、その姿はみるみる大きく迫ってきた。実際、街に入って数分もせずに、てっぺんを視界に入れるためには、首をグイッと上に曲げる必要が出てきた。


そして馬車から降りる頃には、すっかり全体像を視界に収めるのは諦めていた。


僕たちは揃って、管理局の入り口前に立った。


開け放たれた扉は、自分の身長の何倍も大きいアーチを描き、ぱっくりと大きな口を開いている。その上には雷のようにギザギザした真紅の紋章。遠くから見たとき、宝石のように見えていたのは、きっとこれだろう。


その荒々しく尖った形と、燃えるような紅色の光は、燃えさかる炎をそのままぎゅっと押し込めたんじゃないかと思うほどに力強い。力強すぎて、美しいを通り越して気圧されそうになる程だ。


そんな僕の視線に気づいたウィルは、その紋章を指し示した。

「これは『真紅のいかづち』と呼ばれる、神を表す象徴だよ」


するとすかさず、オリオが付け加える。

「現世でいうところの、十字架と同じものだね」


紅い雷が象徴の神様だなんて、なんだかちょっと怖そうだ。


「十字架の方が好きかも」


紅い紋章まで声が届かないように、僕はこっそり本音を呟いた。






入り口扉をくぐってみると、中も教会とそっくりな作りをしていた。二列に並んだ長椅子がずっと奥まで列を作り、その先にはぼんやり照らされた祭壇がある。空間全体を取り囲むように白い柱が立ち並び、そこに満ちた神聖な空気が、僕たちの表情を引き締めた。


祭壇上の説教台には、ワタリガラス大公が先にやってきていた。儀式の前で落ち着かないのか、彼は台の様子を確かめるようにぴょんぴょんと体を動かしている。しかし僕たちに気がつくと、彼はすぐにその大きな羽を広げた。黒い体が優雅に滑空し、近くの長椅子の背もたれにパサリと降り立つ。


「やあ諸君。朝早くからご苦労」

「こちらこそ、お待たせいたしました。まさか、もういらっしゃっているとは、思いもしませんでしたよ」


ウィルはうやうやしい口調で会釈をした。


「儀式の前は落ち着かなくてな。特に人間の魂を現世に帰すなど、この私でも長らくやっていないことだ」


「たしかに、この世界に流れ着いた人間の多くは、ここで命を落としますからね。私も儀式に立ち会うのは、何年ぶりか知れません」


「全くだな」


大公は言いながら、クイッと鳥らしい動きで首を振る。するとウィルは大公の発言を吟味するように、意味ありげな視線を向けた。


「ところで大公殿。何か我々に隠していらっしゃることはありませんか?」

「いや。君たちに隠し立てするようなことは、何もない」


堂々と胸を張って返す大公の表情は、読めない。


少しの間、ウィルは何かを考えるように目を伏せた。しかしワタリガラス大公は、その凛とした姿勢を崩さない。最後にはウィルの方が折れた。


「そうですか」


彼がしぶしぶ引き下がると、大公はまたくちばしを開いた。


「では、君たち。早速だが別れの挨拶を済ませたまえ。終わり次第、すぐに儀式を始めよう」


その声はがらんと広い聖堂内に、しばらくの間こだましていた。






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作者コメント:


管理局「やあ、みんな! 久しぶりだね、管理局だよ。え、『初めまして』じゃないのかって? ・・・・・・まあそう思うのも無理ないね。だって、僕の前回登場シーンは『第11話 魂』だから! え、管理局、出番少なすぎでは?!(笑)」

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