奔走

第69話 話し合い

時刻はまだ、真夜中を過ぎたばかりだった。寝付けないまま、無限にも思える暗闇の時間が続く。どうにもじっとしていられなくなって、僕は植物園に向かった。


ジュリアがいなくなってからというもの、ここには一度も足を運んでいなかった。久しぶりに訪れた植物園は、作業台の上が空っぽなせいで、ひどくがらんどうに見える。その場所に本当はいるべきだった彼女のことを思い浮かべて、僕は崩れるように椅子に腰を下ろした。


窓から月の光が差し込んでいる。壁面に立ち並ぶ病の木たちが、僕に向かって黒々と影を投げかけた。


ジュリアの本当の気持ちを立ち聞きしてから、僕の脳内は一つの焦りだけに支配されていた。


早くジュリアを取り返さないと。

早く。

早く彼女を救い出さないと。


それも限りなく穏便なやり方で。


脳内で、もう何度目か分からない状況整理をする。


そもそもジュリアは十二死神の権限による命令で押収された。無茶なやり方でジュリアを取り返したとしても、また同じ命令でハリスの元へジュリアを返さざるを得なくなる。それでは意味がない。


一番いいのは、ハリス自身がジュリアを返してくれる気になることだ。

しかし、そんな方法があるだろうか。

そもそも僕には、彼を説得する機会さえない。


空虚な作業台の天板を見つめても、何も思いつかない。

考えている間に、朝になった。




「見つけた、ロミ。ここにいたんだ」


声をかけられて顔を上げると、驚いたことに、そこにはマキがいた。


枯れ木のように机にへたっていた僕とは反対に、彼女は冬になってもその葉を落とさない樹木のように凛と立っていた。彼女の髪が、首が傾くのに合わせてさらりと揺れる。


「ロミ。なんか、顔色悪い?」


そう言われて初めて、僕は真夜中に飛び起きてから今まで一睡もしなかったことを意識した。口の中で小さなあくびが出た。


「ちょっと寝不足気味、かも?」


マキは丸い目をしばたいた。


「大丈夫?」

「うん。平気だよ」

「ならいいんだけど」


彼女は髪を耳にかけた。


「カラスの噂で聞いたよ。ハリスのやつ、命令書なんて卑怯なやり方でジュリアのことを奪っていったんだってね」


卑怯かどうかはさておいて、そのカラスが手に入れた情報は正しい。そう伝えると、マキはギリリと歯を食いしばった。


「あの金髪ろくでなし野郎。私がお姉様と同じぐらい強くなった暁には、いの一番にあいつを十二死神から引きずり下ろしてやる」


マキがグッとこぶしを握る。もし今ここにハリスがいたら、無事では済まなかっただろう。僕は彼女をなだめた。


「いったん落ち着いて。えっと。わざわざ会いに来てくれたってことは、僕に何か用事があるの?」


彼女は「あ、そうだった」と冷静さを取り戻すと、僕の腕を力強く掴んだ。


「今日、ハリスはお姉様に用事があって、うちに来る。だからロミもおいで。奴に『ジュリアを返せ』って脅しをかけるには、絶好のチャンスだよ」


「そんな、脅しをかけるだなんて」


僕は反射的に断ろうとしたけれど、思いとどまった。ジュリアが泣いていたのを思い出したからだ。


できるだけ早く、彼女を取り戻さないといけない。

そのための機会は、一つも逃すわけにはいかない。


僕は立ち上がった。


「いや。やっぱり行くよ。ハリスに会いに」

「オーケー。そう来なくっちゃ」


マキは不敵に笑ってパキパキと指の関節を鳴らす。

僕は慌ててその手を押しとどめた。


「乱暴はやめよう。まずは話し合いがしたい」

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