第6話 バルコニー

最後に、僕たちは図書室の奥にある窓に向かった。紺色のカーテンをめくると、バルコニーが姿を現した。


僕たちは早速、窓から外に出た。ウッドデッキの床に足を乗せると、トンと心地いい音がした。中央には、床と同じ木で作られた丸テーブルがあり、白い椅子がその周りに二つ置かれていた。


僕はバルコニーを囲う木のフェンスから、身を乗り出した。ふわふわの雲に青い空、さらさら鳴る草原、そして僕が目覚めたあの森が、ここから一望できた。風が優しく僕の髪をなでた。


今度、さっき教えてもらった本を持ってここに来よう。想像しただけで胸が躍った。


しばらく二人で景色を眺めた。僕は庭の端の方に、もう一つ建物があることに気づいた。白くて背が低いドームのような建物で、天井の一部がガラスになっている。中に何があるのかは、よく見えない。


「あの建物は何?」

僕はオリオにきいた。


彼はああ、と少し声を低めた。

「あれは植物園だよ」


「植物園。へえ、行ってみたいな」

と僕は期待のこもった視線をオリオに向ける。


ここまで丁寧に家中を案内したオリオだったが、彼は意外にも首を横に振った。

「あそこは鍵がかかってて、ウィル以外中には入れないんだよ」


「そうなんだ」

僕は残念に思ってもう一度、植物園の方に視線を送った。


「中にはどんな植物があるのかな」

僕は言う。


今までの調子とはうってかわって、オリオは淡々と述べた。

「知らない方がいいよ。知ったってきっと、馬鹿馬鹿しいって呆れた挙句、いっそ全てを切り倒してしまいたい感情に駆られるだけだ。僕はそうだった」


僕は思わず彼の顔を見た。


どういうことか詳しく訊きたかったけれど、オリオはこれ以上この話を続けたくなさそうだったので、僕もこれ以上は聞かないことにした。


どこからかパタパタ、と羽が空を切る音がして、一羽のカラスがやってきた。フェンスのに止まったその鳥は、カアと一声鳴いて、まん丸な目で僕たちを見つめた。


「カラスが多いんだよね、ここ」

オリオは日常茶飯事だというように、つぶやいた。僕は、今朝ウィルにリストを届けにきたカラスのことを思い出した。


「きっと、死神とカラスは仲がいいんだね」

僕は、フェンスに止まっているカラスに話しかけるように言った。カラスはクイっと首を傾げた。


「ロミはカラス、平気?」

オリオが尋ねる。


「平気だよ」

「そう。なら良かった。グリモーナでは、カラスに出くわさない日の方が珍しいから」

「へえ。いかにも死神の世界って感じだね」


カア。カラスはもう一声鳴いて、ぴょんぴょんと器用に足を使ってフェンスの上を横歩きした。その鳥は僕たち二人のちょうど中間ぐらいの位置に到着すると、オリオの方をじっと見つめた。


視線に気がついた彼は、あっと声を上げた。

「何回来たって無駄だぞ。これは絶対あげないからな」


僕が不思議に思って見ていると、オリオは自分の耳を指差した。彼の耳元では青い耳飾りが、太陽の光をキラキラと反射している。

「こいつ、このイヤリングを狙ってるんだ。この前なんか、急に肩に乗ってきて、耳たぶをクチバシで突いてきた」


言いながら、彼は両手で耳飾りを抑えた。そんな彼に、カラスがぴょんとさらに一歩にじりよる。オリオはジリジリと後方に下がっていく。


「キラキラしたものが好きなの?」

僕はカラスに話しかけた。


カラスはチラリとだけ、こちらを向いた。何も光るものを身につけていないからか、僕を見るカラスの目は、こっちが寂しくなるぐらい興味なさげだ。


僕はめげずにカラスに人差し指を、爪を下にして差し出した。


「よく見ててね」

僕は言って、指先に軽く意識を集中した。


記憶がなくなっても、言葉や歩き方、走り方までは忘れなかった。

それと同じ。


どこでどうやって学んだのかは思い出せないけれど、使い方だけは覚えている。


想像する。指先で光の粒がパチパチと弾けて躍っているところを。


するとその想像通りに、人差し指の上で白くかがやく光の粒が、ポップコーンのように弾け始めた。光の粒は次から次へと飛び出してきては、ウッドデッキに落ちる前に消えていった。


カァ。カラスが体ごとこっちを向いてくれた。カラスはしきりに首を傾げながら、流れ出る光を見つめている。


じゅうぶん注意を惹きつけたところで、僕はサッと指を上に動かした。

「それっ」


すると、光の粒は僕の指を離れて、バルコニーのフェンスを超え、庭の方に落ちていく。


カアァ。カラスは甲高い声を上げると、光を追いかけてパタパタと飛びたっていった。


オリオは手を耳飾りから離すと、去っていくカラスを見てアハハと笑った。

「すごいや、ロミ。さては君、魔法の授業の成績、めちゃくちゃ良かったね?」


僕も笑い返した。

「覚えてないけど、苦手ではないみたい」

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