植物園

第7話 夕刻

太陽が低い位置に降りてきて、草原がオレンジ色の光で満たされる頃、リビングの窓から草原を歩くウィルの姿が見えた。フードを外した彼の金色の髪は、太陽のおかげでより一層明るく輝いているようだった。


そんな彼の姿を見て、オリオはイタズラっぽく笑った。

「宣言どおり、夕刻までに仕事を終わらせたみたいだね」


そのしばらくあとに、玄関のドアがガチャンと開く音がした。


ウィルはそのままリビングにやってくると、死神の鎌をホイっと壁際に置いた。今日は鎌置場に片付けをしない日みたいだ。


ウィルは右手がまだ鎌に触れているそばから、

「ロミ」

と僕を呼んだ。


その声は、なんだか嬉しそうな響きを含んでいたから、いいニュースがあるに違いないと、僕は彼の話の続きを待った。


ウィルは楽しそうに言った。

「帰り道に、君が今朝目覚めた場所へ行ってみたよ。そう、森の中、小川にかかった橋の近くだ。その橋のたもとに、美しい若木が芽生えていたのだけれど、覚えているかい?」


森の中で木漏れ日を浴びていた、あの可愛らしい若木のことだと、僕にはすぐにわかった。僕が別れ際に手を振った、あの子だ。


「もちろん。あんなにきれいな植物、しばらくは忘れられそうにないよ」


ウィルは続けた。

「私も今朝からあの若木のことが、どうも気になっていてね。帰りがけに改めてじっくり観察してみたら、葉や幹の特徴が、私の見知っているものとほんの少しずつ違うのだよ。もしかしたら、新種かもしれない」


「ええ、新種?」

僕はびっくりして聞き返した。するとウィルはしっかり二度ほど頷いた。


「少なくとも、私は初めて見る種だった。植物には詳しい方だと自負していたのだが、いやはや。あまりにもその若木が気になってしまったものだから、思わず森から連れ去ってきてしまったよ」


彼はそう言うと、パッと右腕を僕に差し出した。その手の上には手品のように、いつの間にか小さな植木鉢が出現していた。そして鉢の中には、あの若木がいた。


その木は暮れていく穏やかな夕日を浴びて、朝とはまた違った輝きを見せていた。僕は思わず息をもらした。


「僕、きっと今まで、こんなにきれいな木って、見たことないと思うんだ。ねえ、オリオもそう思わない?」


僕はオリオを振り返った。彼は先ほどからソファーに座ったまま動いていなかったが、チラリとこちらを向いた。


「んー。僕には分からないな。普通の若木に見えるけど」

彼は言った。


「あれ、ほんとに?」

僕はオリオの突き放した口調に戸惑いながら、もう一度若木を見た。


丸い葉は薄い黄緑色で、葉脈はうっすらと紫がかった色をしている。幹は根に近い部分が紫色、そこから上にいくにつれてグラデーションのように葉と同じ色になっていく。まだ僕の小指よりも細い幹だけれど、触るとスベスベしていそうなほどなめらかだ。


「それ、植物園で育てるの?」

オリオは冷めた声でウィルに尋ねた。夕日が逆光になって、彼の顔に暗い影を落とした。


「そのつもりだよ」

とウィルが返すと、オリオは

「ふーん」

と気のない返事を返して、そっぽを向いてしまった。


僕はどうしていいか分からなくなって、ウィルに視線を向けた。すると彼は肩をすくめた。

「君が気にすることはないよ。きっとすぐに機嫌を直すさ」


それからウィルはコホンと咳払いして、付け加えるように言った。

「ああ、そうだ。オリオ。実は今日、仕事中にとあるケーキ屋に立ち寄ったのだけれどね、そこで廃棄寸前の哀れな迷えるショートケーキの魂を三つほど回収したんだった。私はそれらの魂を生前の姿に戻すから、その間に君はコーヒーを入れてくれるかな」


つれない態度をとっていたオリオも、この言葉には反応した。彼は少し迷ったあと、ため息をついてから、僕たちの方に半分だけ向き直った。夕日が映る彼の目は、優しさとは違う穏やかさをたたえていた。


「ケーキまで用意されてちゃ、仕方ないね。分かったよ。その若木をどうするかは、僕がとやかく言えることじゃない。それに、せっかくのケーキはご機嫌に美味しくいただかなくちゃ」


彼はそう言って立ち上がると、タタッとキッチンの陰に姿を消した。

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