第32話 雪のような木
ウィルはオリオとティルトの反応に、それほど落胆はしなかった。
彼もこうなることは分かっていたのだろう。
自分に追い風が吹かないと分かると、ウィルはすぐに話題を変えた。
「そういえば、ティルトの方からも用事があったのではなかったか?」
ティルトは気を取り直して言った。
「あ、ああ、そうだ。そうだった。見せたいものがある」
彼はどこからか植木鉢を取り出して、テーブルの上にカタンと置いた。
ティルトはその鉢を、ウィルに押しやった。
「この前、仕事帰りに拾った。おそらく病の木の一種だ」
植木鉢からは、小さな木が生えていた。その木は幹も枝も真っ白で、葉っぱは一枚もついていない。その代わり枝の先っぽは細く、いくつにも枝分かれして、葉脈のような模様を作っている。
「クリスマスツリーみたい」
僕はつぶやいた。
ウィルは目を輝かせた。
「何者にも分け入ることのできない深い森の奥で積もった雪が、そのまま木に姿を変えたような美しさだ」
ティルトは眉を寄せた。
「意味分かんねぇけど、とりあえずこれは、あんたにやるよ」
「ありがとう」
ウィルは心から嬉しそうに微笑んだ。
それからその笑顔のまま、彼は言った。
「ついでだから君が植物園に行って、この子を植えてきてくれたまえ」
ティルトの軽い舌打ちが聞こえた。
ウィルは昔の弟子に対しては、少し遠慮がなくなるようだった。
ティルトは植物園に行ったきり、しばらく戻ってこなかった。あまりに長い時間かかっているように思えたので、僕はときおり植物園の方を気にして視線を送った。
オリオは僕の視線に気がついて言った。
「どうしたの?」
僕は返した。
「全然戻ってこないから、何か困ってるんじゃないかなって」
「平気だよ。というか、ちょっとぐらい困れっての」
オリオは、さっさと死んだほうがいい、と言われたことをずいぶん怒っているようだった。
それも当然だと思った。
彼がなぜ生きたがっているのか知っていたから、なおさら。
それでも、僕は言った。
「できることがあるか分からないけれど、様子を見てくるよ」
オリオは「やめとけばいいのに」とむくれたけれど、止めはしなかった。
そしてやってきた、植物園の扉の前。
様子を見てくると威勢よく宣言したのはいいけれど、僕の心臓はどんどんと早く脈打っていた。
ティルトのことは、苦手だ。
向こうも僕のことが嫌いなようだった。
鎌で首を切りたくなるほど。
やっぱりオリオの言うとおり、やめておいたほうがいいんじゃない?
僕の心の弱い部分が、そっと耳打ちする。
でも、その誘惑には負けたくなかった。
ティルトが本当に困っているのか分からないけれど、もし僕が彼の役に立つことができたなら、次会うときからはもう少し良い関係でいられるかもしれない。
僕は勇気を奮い起こして、扉を開けた。
ティルトは作業台前の椅子に座っていた。
台の上にはジュリアと、すでに空っぽになった植木鉢が載っていて、さっきまでその鉢の中にいた雪のような木は、すでに風邪の木の横に引っ越しを済ませていた。
ティルトは作業台に頬杖をつきながら、ジュリアのことを眺めていた。
僕が入ってきたことに気づいて、彼は視線をこちらに向けた。
僕は喉が詰まったように、言葉が出てこなくなった。
「植え替えはもう終わったぞ。何か用か」
ティルトはそれだけ、ぶっきらぼうに言った。
僕はふるふると、首を振った。
「なかなか戻ってこないから、何か手伝えることがないかと思って。でももう終わってたんだね」
しかしティルトは、僕の絞り出すような返答をまるで無視して、ジュリアを指した。
「この木は見たことがない。新種か?」
僕は何とか気を取り直した。
「そう。新種ってウィルが言ってた。今は僕が育てているんだ」
ティルトは鋭い目を、さらに鋭く細めた。
「お前が? 人間のくせに?」
冷たい声で詰められて、僕はまた返す言葉がなくなった。
そんな僕に、彼は一言、吐き捨てるように言う。
「死にたがりの、殺したがりかよ」
それだけで、十分だった。
僕はギュッと心を握りつぶされたように感じた。
彼女を育てているということは、僕はいつかジュリアの実らす病によって死ぬかもしれないし、もっと悪くすれば、僕でない他の誰かが死ぬかもしれない。
そう、誰かを傷つけてしまうかもしれないのだ。
ここで泣き崩れたオリオのことを思い出した。
僕は一度胸に刺さったトゲは、そう簡単に抜けやしないと悟った。
黙っていると、ティルトは僕を手招いた。
「まあいい。ちょっとこっちに来い」
僕は恐る恐る、彼に近づいた。彼が手で座れと合図したので、僕は空いている唯一の椅子に、そう、彼の隣に座った。
何をされるのかとドキドキしていると、彼はどこからともなくハサミを取り出した。その刃がきらりと鋭く光る。
僕が息を呑んで見守ると、彼はそれをジュリアに向けた。
「あ、ちょっと」
僕がびっくりしていると、ティルトはハサミで枝を一本切り落としてしまった。
迷いなく閉じた刃の間から、ジュリアの細い枝がパサリと落ちる。
心臓が勢い余って止まりそうになっている僕に、ティルトは淡々と言った。
「せっかくここまで育ってんだ。無駄な枝は早めに切り落とせ」
彼は言いながら、サクサクと枝をもう数本切り落とす。
それが終わると満足したのか、彼は急にハサミをしまって立ち上がり、ふらりと植物園を出て行ってしまった。
後に残された僕は、呆然とジュリアを見つめた。
それからあることに気づいて、あっと声を上げた。
「枝分かれしてない」
今朝見つけた、幹の同じ箇所から生えていた複数の枝は、切られて一本ずつになっていた。
「あれ、もしかして、ジュリアのこと剪定してくれた・・・・・・?」
僕は途端に、ティルトのことがよく分からなくなった。
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