第43話 診察
話しているうちに馬車は速度を落として、ある建物の前で止まった。
「え、ここ?」
僕はあっけに取られながら、窓の外の優美な世界観を見回した。
僕たちがいるのは、広大な庭の入り口だった。白い道が庭の中央に向かって伸びていて、その先は円形の噴水広場につながっている。道の両脇や広場の周りには、青々とした草や色とりどりの花が、決められた領域に集まって世界を飾っていた。
噴水の向こうには、名画がそのまま現実になったような純白の豪邸が立っていた。今にも狩猟帰りの領主様が帰ってきそうな、そんな雰囲気の場所だった。
馬車の窓に顔をくっつけていたオリオは、僕と同じ表情をして言った。
「すごいや。こんな世界遺産みたいな場所が、個人の家だなんて!」
そう、僕たちがたどり着いたこの場所こそ、十二死神サリアの個人宅だった。
僕たちが到着するのとほぼ同時に、一羽のカラスが出迎えにやってきた。そのカラスはまるで執事のようだと思った。というのも、彼は首にネクタイを締めていたのだ。
カラスは、物語の世界のように細部まで美しく作られた建物内を、ゆったりと迷いなく飛んだ。案内された応接間にも、どこを取っても最高級のものしか存在しえないような荘厳な空間が広がっていた。丸テーブルの透明な天板は、ガラスというよりは宝石のよう。上から吊るされたシャンデリアも、まだ灯りは灯っていないにも関わらず輝いて見える。
執事カラスに促されて、ベルベットの黒い椅子に腰掛けた。僕とオリオはいよいよ落ち着かない気持ちになったけれど、ウィルだけは慣れた様子でくつろいでいた。
サリアはすぐに客間に姿を現した。彼女は深い緑色の髪を右肩のあたりにまとめて、死神らしい黒のドレスに身を包んでいた。
「待たせたね、私の客人たち」
この家の主人にふさわしい、上品だけれど力強い声で彼女は僕たちを出迎えた。
ウィルが事情を説明すると、さっそくサリアは僕の診察を始めた。彼女は僕の目をのぞき込んだり、額に軽く手を当てたりしながら、僕には分からない何かを一つ一つ確かめていった。
ものの一分で彼女は結論を出した。
「ウィルの予測通りだよ。この少年には魔法性疾患の気がある。それもとびきり強いやつだ」
ウィルは難しい顔をした。
「やはりか」
ウィルから話は聞いていたし、サリアが腕のいい魂の医者であることを疑ってはいなかったけれど、僕がいざその宣告を受け取ったとき抱いたのは、「何かの間違いなのではないか」という感想だった。
それぐらい、僕には呪いにかけられている自覚がなかった。
それなのに、とびきり強い呪いが魂のどこかに潜んでいるだなんて。
彼女の診断が、水に落ちる黒い絵の具のように僕の心を乱しはじめる。
「どんな呪いなんですか?」
僕が尋ねると、サリアは現時点で最も確率の高い予測を述べた。
「おそらく、魂を肉体から引き剥がして現世に縛り付ける類の呪いだ。天国に行かせたくない相手に使用することが多いものだね。これは偶発的に発症するような強度の呪いじゃない。誰かが恣意的に君を呪ったのだろう」
サリアは僕を冷ややかに見つめた。
「現世で何か恨みを買うようなことをしたのかい?」
僕はどうにかして記憶を呼び起こそうと、脳の中をぐるぐると探った。でもやっぱり、現世の記憶は闇に閉ざされたまま、何も教えてはくれない。
僕は何か、恐ろしい呪いをかけられるような悪いことをしたのだろうか。
呪いのことよりも、犯したかもしれない罪の方が、心に重くのしかかってきた。
僕はやんわりと首を振った。
「記憶がないので、分かりません」
うなだれる僕の代わりに、オリオが強く言い張った。
「ロミが誰かに呪われるようなことをするなんて、ありえないよ。とてもそんなことをできる子じゃない」
「同感だ」
とウィルは言う。ただ、と彼は渋い表情で付け加えた。
「サリアが言うのであれば、呪いがかかっているというのは確実だろう。現に神も、ロミに帰還許可証を与えてくださらない」
サリアは僕に言った。
「呪いがかけられた理由が何であれ、神に許可証を書かせたいなら、まずは君の呪いを解く必要がある。これは全呪い共通の事実だ」
「どうやって解くんですか?」
「呪いは魂の病気とも言える。呪いの症状を特定し、それにあった祝福や魔法を与えれば治るよ」
「呪いの症状?」
僕が困惑して尋ねると、彼女は具体例を挙げた。
「不幸なことが異常なぐらい頻発するとか、幻覚が見えるとか、はたまた情緒が不安定になって二重人格のようになるとか、そういった症状のことだよ。何か覚えはあるかな?」
僕はこの世界に来てからのことに、思いを馳せた。
けれど、少なくとも今教えてもらった症状には覚えがなかった。
「思い当たる症状は、今はありません」
サリアは興味深げに、僕を見つめた。
「ふむ。奇妙だね。これだけ強い呪いが君を縛っているのだから、何の症状も出ていないとは考えづらいのだが」
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