第110話 ジュリエット

「彼女の名前は、ジュリエットというらしいです」


お医者様からようやく聞き出した、すみれのあの人の名前。


それを聞いて、僕がまず思ったのは「ジュリアと名前が似ている」ということだった。思いがけない偶然に、ほっこりした気持ちになる。


けれど、よく考えてみれば、ジュリアという名前は僕が自分でつけたのだ。


もしかすると、あの美しい若木の名前を考えていたとき、記憶の奥底に眠っていたすみれのあの人ジュリエットの名前が、無意識に出てきたのかもしれない。それなら、二人の名前が似ているのにも納得がいく。


僕は催促するように、お医者様に尋ねた。


「それで、ジュリエットは今どこにいるんですか?」


幸いにも僕の体は、リハビリをしなくても自由に動く。これなら近いうちに、彼女に会いに行けるかもしれない。


記憶の中のジュリエットは、僕にしたことをとても後悔していた。だから僕が会いにいって、二人できちんと話をすれば、きっと仲直りもできるはずだ。むしろ、僕はそのために現世に帰ってきたのだ。


しかしお医者様が答えたのは、とても短い一言だった。


「彼女はもう、この世にはいないのです」


彼はそう言って、これ以上話したくなさそうに表情を曇らせた。僕の方も、しばらく黙りこくってしまった。彼の言ったことが、少しの間、理解できなかったのだ。


ナイフで刺されて、死にかけていたのは、僕のはずだ。

あのとき彼女は、傷ひとつ負っていない。

それなのに、ジュリエットはこの世にいない?


「なぜですか?」


困惑していると、お医者様は声を低めた。


「彼女は自ら命を絶ったのです。残念ながら」

「ええっ」


衝撃的な事実に、僕は空いた口が塞がらなくなる。お医者様は言った。


「彼女は、君と一緒に救急車で病院に運ばれてきました。しかし搬送されたときにはもう、助かる状態ではありませんでした」


ジュリエットと僕は、一緒に救急車で運ばれてきた? 

それって、一体どういう状況なのだろう。


僕にはますます分からなくなる。


しかし一つ確かなことがあった。

どうやら仲直りをするにはあまりに遅かった、ということだ。

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