第10話 名前

「さて」

ウィルは僕の目をまっすぐに見据えた。

「これまでの話を踏まえて、改めて問う。君は、この木々についてどう思う?」


彼は僕の回答を待つように、左腕を作業台についた。彼の腕の前には、あの美しい若木が置いてある。たった一人で森にいた僕を、幸せな気持ちにしてくれたあの木だ。


僕は静かに尋ねた。

「ここに置いてあるってことは、この若木も病のなる木なの?」


ウィルは穏やかに答えた。

「ああ。見たことのない種類ではあるが、病の生成源であることは間違いない」


「そう。そうなんだ」


僕は視線を、周りの大きな木々に向けた。ところどころに、病の果実がなっている。僕はその一つ一つを見つめた。黒くツルリとした細い実が複雑に絡み合って、まるでレースのように繊細な模様を作り出している。


僕は言った。

「今の話を聞いても、やっぱりきれいだなって、思うよ」


「ほう」

ウィルは少し身を乗り出した。

「恐ろしいとは思わないのかい。あれらは、君たちが病に苦しむ元凶だ」


「そんなふうに言わないで」

僕は返した。


「病気になるのは怖いけれど、それは僕自身の問題だ。あの木はただ、そこに生きているだけ。それがたまたま、僕たちの体に合わないだけだ。毒のある植物や動物なんて、たくさんいるんだから、それと同じだよ。それにね、ウィル。僕はあの木を、あの実を、特別に美しいと思う」


「なぜ?」


「ウィルが心を込めて育てているから」


ウィルは不思議そうな顔をした。僕は言った。


「僕が死ぬとき、もし心の準備ができなくて、天国に行けなくなってしまうとしたら、それは僕の心の問題だ。それでも昔の死神たちは、そんな悲しい人が少しでも減るように、たくさん考えて、人間が病気にかかるようにしたんでしょう。ウィルはそのために、僕たちを助けるために、この木々を育てているんでしょう。だから、僕はここにある木、全部が好きだよ」


ウィルは少しの間、視線をそらした。彼は独り言のように言った。

「これはこれは、少しばかり予想外だった。オリオに話したときは、大変だったというのに」


ウィルはそれから、テーブル上の若木の植木鉢に手を添えた。その可憐な小さな葉が、さらさらと揺れた。

「ロミはこの木のことが、たいそう気に入っているようだったね」


僕はコクンとうなずいた。


ウィルは言った。

「もし良ければ、この木の世話は君がやってみないか」


僕は思わず椅子から立ち上がった。

「ええ、いいの? ホントに?」


「ああ。もちろん」


彼の言葉に、僕は心がキラキラしたもので満たされていく感じがした。

「ありがとう、ウィル。僕、この木のこと、精一杯大切にするよ」


ウィルは笑った。

「ぜひそうしてくれたまえ。植物園の鍵は、明日からは開けたままにしておくから、好きなときに出入りするといい」


「あれ、植物園の中、見られたくないから鍵をかけていたんじゃなかったの?」

僕は意外に思って訊いた。彼は首を振った。


「そんな理由ではないさ。じつは昔、オリオがここの木を全部切り倒そうとしたことがあってね」


「ええっ。木は大丈夫だったの?」


「植物園は散らかったが、植物たちは無事だったよ。病の木は、死神の鎌のように、人間には扱えない刃を用いなければ、切り倒すことができないからね。しかし、最近は彼もこちらでの生活に慣れて、だいぶ落ち着いたようだから、開けておいても問題ないだろう」


知らない方がいいよ。知ったってきっと、馬鹿馬鹿しいって呆れた挙句、いっそ全てを切り倒してしまいたい感情に駆られるだけだ。僕はそうだった。


オリオが言っていたのを思い出した。彼はその感情を、本当に実行に移したんだ。


なにが彼をそこまでさせたのだろう。

僕には分からないことだった。


ウィルは言った。

「ところで先ほどから我々は、君の美しい若木のことを『この木』や『あの若木』とばかり呼んでいるが、せっかくなら名前があったほうが呼びやすかろう。ロミ、何かいい名前は思いつくかい?」


「この木の、名前」

僕は改めて、若木に注意を向けた。


細いけれどしなやかな枝、小さいけれどきれいな葉。この植物園の木はみんな美しいけれど、この木は格別だ。なにか、それに見合う名前をつけてあげたい。


僕は目を閉じて考えた。真っ暗な視界が僕を出迎えた。何もない記憶の中から、何かを引っ張り出そうとして、僕は暗闇を見つめ続けた。


すると、不意に頭の中に浮かんだ名前があった。僕は微笑んだ。


植物の名前にしては珍しいかもしれないけれど、なんだか特別で温かい響きのするこの名前を、この木にあげようと思った。


僕は目を開けた。

「決めた。この子の名前は、ジュリアにしよう」











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