第87話 帰還許可証
「朗報だ。ロミ少年に帰還許可証が発行された。急なことだが、明日、君には現世に帰ってもらうことになる。早急に支度を始めてくれ」
ワタリガラス大公が告げた神託は、しばらく自分の中で意味をなさなかった。だって、つい十秒前まで僕は死ぬ覚悟を決めていたのだ。それなのに、急に現世に帰っていいと言われてもピンとこない。
一方、サリアは大公が喋り終えるとすぐに、弾かれたように立ち上がった。
「ロミはジュリアが原因で死にかけています。私の認識では、ジュリアにはまだ如何なる対処もされていないはずですが」
「ああ、ジュリアはまだ植木鉢の中で元気にしている」
「そんな状態で現世に魂を戻して、ロミが息を吹き返すとは到底思えない」
彼女は訳がわからないと言いたげに、首を振った。
僕もそれには同意だった。
なんせ誰に聞いても、ジュリアを切り倒さないと僕は現世に帰れないというのは共通の認識だったのだ。ジュリアがまだ元気だということは、僕の魂は呪いに冒されたままだし、肉体は死体のように眠ったままだ。この状態で生き返れるのなら、オリオだってとっくの昔に現世に帰れていたはずだ。
蘇生に失敗した魂は悪霊化するというのに、神様は何を考えているのだろう。
しかし知らせを持ってきた当のワタリガラス大公も、鳥らしい動きで首を振るだけだ。
「困惑しているのは私も同じだ。しかし、実際に神はロミを現世に帰すと決め、許可証を発行なさった。ならば我々は、そのご意志に従うよりほかあるまい」
大公の表情から感情を読み取ることは難しい。
けれども、この状況で彼が嘘をつくとも思えなかった。
どうやら神様は気まぐれに、ジュリアを生かしたまま僕を現世に帰してくれることに決めたようだ。
ようやく気持ちが事態に追いついてくる。
心に溜まっていた恐怖のもやが、嘘のようにすうっと引いていった。
体が軽くなって、勝手に口元がほころんでいく。
「よかったね、ロミ!」
オリオが飛びつくように、僕を抱きしめた。彼のぬくもりが全身を包み込んだ。その力強い感触が、これは夢じゃないと教えている。
追いついた気持ちが、一気に溢れ出した。
「よかった。うん、よかったよ。オリオ!」
この突然の事態には、ふさぎ込んでいたマキも流石に顔を上げていた。彼女は喜び合う人間二人組に比べて、いくらか冷静だった。マキは頬杖をついて、窓辺のカラスを見上げた。
「大公様、帰還許可証は持ってこなかったんですか? ロミに渡してあげればいいのに」
彼女の指摘通り、ワタリガラス大公はくちばしに何も咥えていなかった。大公は一度、前後に体を揺らした。
「帰還許可証は訳あって手元にない。ここへ来る前に取りに戻ることも可能だったが、それよりも早くロミ少年に知らせてやる方がいいと思ってな。諸々の用事が片付き次第、ロミ少年の元へ許可証を届けに行くつもりだ」
「なんだ、そうなんですね」
マキは納得したように頷く。
僕はワタリガラス大公にお礼を言った。
「ありがとうございます」
帰還許可証はどんな見た目なのか、中には何が書いてあるのか、見てみるのが楽しみだった。
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