第35話 街並み

次の日。

僕はオリオの命を伸ばすため、魔法を練習し始めた。


これには、とにかく心が重要だった。


感情を限界まで高ぶらせて、それを一気に魔力で体から切り離す。このとき感情が足りなければ、魔法は全く効き目がないまま終わってしまう。


うまくいくかどうか、まだ自信はなかった。

だからオリオには内緒にして、植物園の裏で実験を繰り返した。


一回目の実験は、完全に失敗だった。

二回目は、少しだけマシになった。

三回目には、もう少し良くなった。


そして四回目、僕は魔法をたくさん使いすぎて、その場にへたり込んだ。


植物園の外壁にもたれかかって、息を切らしながら実験の手応えを味わった。

「根気強く練習し続ければ、はぁ、いつかは成功しそうかも、はぁはぁ」


「まだ朝だというのに、そんなに汗だくになって。どうしたというのだ、ロミ少年」

急に空から深い声が響いてきて、僕はハッと上を見上げた。


植物園の屋根くらいの高さを、一羽のカラスが飛んでいた。カラスの頭には山高帽が載っている。


僕は汗を拭って彼に挨拶した。

「ワタリガラス大公。お久しぶりです」




僕は右腕にワタリガラス大公をのっけて、他のみんなの元へ向かった。


オリオは門の外で、少しばかり成長しすぎて歩行の邪魔をしていた草を、練習がてら死神の鎌で刈っているところだった。ウィルがその様子を見守って、たまに何か指示を出している。


二人は近づいてくる僕たちに気がついて、手をとめた。


「大公殿。おはようございます」

ウィルはうやうやしくお辞儀した。




ワタリガラス大公は言った。

「今日、この私が来たのは、ロミ少年のことで伝えたいことがあったからだ。というのも、我々の方でも彼のことは気にかけていたので、死立研究所の面々に依頼して、現世のロミ少年の肉体を探してもらったのだ」


「見つけたんですか?」

僕が食い入るようにカラスを見ると、彼は頼もしい声で言った。


「ああ。見つけたとも。君の肉体は今、セントウィリアム病院という場所で眠っている」


今度はオリオが目を丸くした。

「セントウィリアム病院?」


僕もその病院名には聞き覚えがあった。


「もしかして、オリオが入院しているのと同じ病院?」

「そうだよ。すごいや、世の中狭きといえど、こんな奇跡があるとはね!」


ワタリガラスは威厳のこもった口調で言った。


「研究所には現世を写す特殊な鏡が所蔵されている。ロミ少年が鏡で己の姿を見れば、何か思い出すことがあるかもしれん。全員、私と共に来るが良い」




ワタリガラス大公は朝の爽やかな空気を切って、僕の目線より少し高いところを飛んだ。


彼を追いかけて僕たちは草原を、森から遠ざかる方向へと歩いた。隣にはオリオがいて、道端の花を眺めたり、青空を見上げたりしながら歩いていく。振り返ると、ウィルの温かい眼差しと目があった。


しばらく進むと、馬車がこちらに背中を向けて止まっていた。


車体も、繋がれている馬も、全てが黒い馬車だった。真っ黒な乗り物が緑の草原の中に佇む様子は、病の木になる黒い実を思い起こさせた。


「お前たちは街まで、あの馬車を使えば良かろう。私は先に研究所へ飛び、現世鏡の用意をしておく」


ワタリガラス大公が言い終えると、ごうっと草原がなる音がして、強い追い風が吹いてきた。彼はその風に乗って高く舞い上がったと思うと、あっという間に空の彼方の黒点になってしまった。


「あまり長く大公をお待たせするわけにもいかない。我々も行こうか」

ウィルは馬車の扉を開けた。


僕たちが全員乗り込むと、御者もいないのに馬たちは目的地に向けて出発した。


馬車は心地よく揺れながら、軽快に走った。窓の外に見える草原の風景は、次の瞬間にはうんと後ろに流されていく。少しだけ窓から顔を出すと、吹き付ける風が強くて目を開けていられなかった。


僕はひっくり返ってしまった前髪を元に戻しながら、振り返った。

「この馬車、すごく速いね」


オリオは口元を緩めた。

「僕も最初に乗ったときは驚いたよ。この馬たちなら、高速道路でも余裕で走り抜けるんじゃないかってね」




やがて馬たちは市街地に入り、その速度を緩めた。窓の外には、黒や茶色を基調とした煉瓦造りの建物がゆっくりと流れるようになった。両側に立つ一つ一つの建物が、お城のようにそびえている。僕たちの馬車は、波打ち際の砂浜のような色をした石畳の上を進んだ。



死立研究所は街の中心部にあった。煉瓦でできた茶色い壁に、空を背景にした紺色の屋根。建物の中央には塔のような作りも見える。


その屋根の上で、ワタリガラス大公は僕たちの馬車がやってくるのを待ち構えていた。

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