第22話 すみれの花畑
夕方ごろになると、無事に任務を終えたカラスたちが、次々と空っぽになったカゴを持って帰ってきた。
「ありがとう。助かったよ」
ウィルは一羽一羽に優しく声をかけると、キラキラ光る宝石を魔法で作り出し、ご褒美として彼らに与えた。カラスたちはそれを喜んで受け取ると、夕焼け空に帰っていった。
太陽は僕たちにオレンジ色の光を注ぎながら、ゆっくりと沈んだ。太陽が山の向こうに消えてしまうまでに、十二羽のカラスが帰ってきた。
オリオはため息をついた。
「戻ってこないのは、アイツだけだね。まあ予想はついていたけど」
深い闇が、森や草原に降りはじめていた。昇ってきた月が、ほんのりと世界を照らしている。
あのカラスはまだ、森の中を彷徨っているのだろうか。
うっそうと茂る森はもう、真夜中と変わらない暗さに違いない。
「迎えにいってあげようよ」
僕は言った。
オリオはやれやれと首をふった。
「仕方がない。そうしよう。迷子のカラスを放っておいたら、今夜の寝つきが悪そうだ」
僕たちは二人で草原に出た。小道を二人で並んで歩くと、膝や太ももに草の先が当たってくすぐったかった。
「そういえば、オリオはあまり家の外に出ないね」
僕は言った。
オリオはそうだね、と返した。
「用事がないと、外に出るのが億劫になるよ。まあ、現世にいた頃よりは出歩いてる方だけど」
「そうなの?」
僕は思わず聞き返した。彼に会いたければ、バルコニーか図書室に行けばほぼ確実に会える日が続いていた。
「現世の僕は、そもそも室外に出ることがほとんどなかったよ。自分の家の庭ですらね。じっとベッドに根を張って生きる、植物みたいな人生だったのさ」
彼はそう言って、歩きながらくるりと回った。
「だから、ただ歩いているだけで、今、僕はとても楽しいよ」
「そっか」
僕はそう言って、彼と同じように景色を見渡した。
ただ広く、どこまでも続く草原。
足元から伸びる道は、前方に見える大きな森に吸い込まれていく。
その森の上には、一番星が輝き始めた藍色の空。
ここにあるもの全てに、僕の心が溶け合っていく。
そんな幸せな気持ちになった。
森までやってくると、僕たちはカラスを見落とさないように、少しペースを緩めて歩いた。道は草原より曲がりくねっていて、途中で別れ道もあった。その度にオリオは、迷うことなく進む方向を選んだ。
「カラスが瓶を届けにいった人、森の奥に住んでいるの?」
僕の言葉に、オリオは首を振った。
「住んでるわけではないよ。彼女、マキって言うんだけど、まだ見習いの死神で、人のいないこの森で、よく鎌や魔法を練習しているんだ。家はもっと、街のほうにあるって言っていたよ」
彼が話し終えたとき、周囲の葉っぱがガサガサと音をたて、カァとカラスの鳴く声がした。
僕はきょろきょろと首を動かした。
「あの子かな?」
「かもね。でも姿が見えない。どこにいるんだ」
もう一度、ガサガサと音がした。音はもう少し森の奥から聞こえている気がする。
「あ、いた!」
不意にオリオが叫んだ。オリオが指差す先を見ると、藁のカゴを持ったカラスが森の奥へと飛んでいくところだった。
「追いかけよう」
僕たちは走った。
しかしそのカラスは僕たちが追いつくまで枝に止まって休憩してから、距離が近くなると再び飛び去ってしまう。
「なんだか、からかわれているみたいだ」
僕は息を切らしながらつぶやいた。オリオも息が切れてきている。
またカラスが枝に止まった。
しかし僕たちが近づくと、バサリと羽ばたいて木の影に姿を消してしまった。
「待て!」
僕たちが叫びながら木々の間を走ると、不意に視界が開けた。僕はそこに広がっていた光景に、息を呑んだ。
そこは誰かが境界線を引いたかのように、木が生えていない場所だった。代わりにそこには、一面のすみれが咲き誇っている。
すみれ畑の中央には、深海のような青色のローブを羽織った少女が、背中を向けて立っていた。彼女は手のひらで月の光を受け止めようとするように、右腕を挙げていた。その手にさっきのカラスがそっと舞い降りる。
彼女は半分こちらを振り返った。彼女のエバーグリーンの瞳が、僕たちをとらえた。
ドクンと僕の心臓が跳ね上がる音がした。
ときめきでもなく、緊張でもない。
僕の背中を冷や汗が流れ落ちる。
深海色の少女は僕たちに気がついて、こちらに一歩踏み出した。
そのとき突然、胸にナイフで刺されたような強烈な痛みが走った。
「うっ」
視界が暗くなって、何も見えなくなった。
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