宣告
第11話 魂
次の朝。
「おいで、水やりの仕方を見せてあげよう」
とウィルに誘われて、僕はまた植物園にやってきていた。
僕は水の入ったジョウロを三つ持ってきた。といっても腕は二本しかないから、二つを手で持って、あとの一つは魔法で浮かせてある。
ウィルはというと、大きな木箱を両手で抱えていた。彼はそれを作業台の上、ジュリアの隣にコトンと置いた。水やりに必要なものが入っている、と彼は言っていたが、水をやるのに水とジョウロ以外に一体何が必要なのだろう。
「では、始めようか」
彼はそう言って腕まくりし、木箱のふたを開けた。
中には、柔らかい光を放つ、ふわふわとした丸いものがたくさん入っていた。ウィルはその中の一つを両手ですくうように手にとって、僕に見せてくれた。
「これは、昨日回収してきた人間の魂だよ」
「これが!」
僕はまじまじと、それを見つめた。
気球のような形だった。てっぺんは完全な球だけれど、下は細くすぼまっていて、しっぽのように揺れていた。しっぽの先端部分は不自然に途切れていた。しかもその部分だけ、黒ずんで光を失っている。
「先端がないのは、肉体から分離するときに鎌で切ってしまったからだよ。黒い部分があるのは、彼が生前患っていた病のせいだ。重篤な病は魂をも侵食し、腐らせてしまう」
ウィルはそう説明した。
「魂と水やり、どう関係があるの?」
僕が尋ねると、彼はどこからともなく死神の鎌を取り出した。彼はその刃を、魂の黒ずんだ部分に当てた。
「まずは腐敗部を切り取る」
彼は言いながら、慣れた手つきで魂から黒い部分だけを切り取った。
「それから、水に溶かす」
彼は切り取った部分を、僕が右手に持っていたジョウロの中に入れた。ぽちゃんと落ちた魂は、黒い絵の具のように水の中に広がった。
「最後に、魂の溶けた水を病の木に与える。病の木は、病によって腐敗した人間の魂も、養分として欲しているのだよ」
彼は言った。
ウィルは木箱から次から次へと魂をすくいあげ、黒い部分を手際よく切り取っては、僕が手に持っている二つのジョウロに分類しながら入れていった。
「どういう基準で分類しているの?」
僕が聞くと、彼は作業の手を止めずに言った。
「君の右手のジョウロには科学性疾患に侵食された魂を、左手のジョウロには魔法性疾患に侵された魂を入れているのさ」
「科学性と魔法性?」
「そう。病には二つの種類がある。一つは科学性疾患、ウイルスや細菌が引き起こす病だ。もう一つは魔法性疾患。君たちが呪いと呼んでいるものだよ」
「なるほど。呪いも病気の一種なんだね」
僕は納得した。
風邪にかかれば病院に行って薬をもらう。
呪いにかかれば教会に行って祝福を授けてもらう。
風邪は人から人へと感染していく。
呪いは誰かに恨まれてかけられることもあるが、それは珍しいケースだ。
弱い呪いの多くは風邪のように、どこからともなくやってくる。
ある意味、病気みたいなものかもしれない。
話をしているうちにも、ジョウロの水はみるみる黒くなり、木箱の中はきれいになった魂でいっぱいになった。ウィルは作業が終わると、再び木箱のふたを閉めた。
次に彼は、僕の両手のジョウロを受け取った。
「科学性疾患の実る木には、科学性疾患に冒された魂をあげる必要がある。魔法性疾患も同様だ。うっかり逆にしてしまうと、木を枯らしてしまいかねない」
彼は言うと、魔法で二つのジョウロを同時に操りながら黒い水を木々にかけていった。
「残りの一つはどうするの?」
僕は自分が浮かしているジョウロを指して言った。これには、まだ水しか入っていない。
ウィルは言った。
「それはジュリアにあげてくれ。私にはこの若木が、魔法性、科学性、どちらなのかまだ見分けがつかない。判断がつくまでは、水で我慢してもらうより他ないだろう」
「わかった」
僕はうなずいて、浮いていたジョウロを手に持った。ジュリアの植木鉢に向けてジョウロを傾けると、小さな虹が根元を飾った。
水やりが終わると、ウィルは再び木箱を手に持った。
「私は今から、この浄化済みの魂たちを管理局に連れていくよ」
「管理局?」
「死神が集め、浄化した魂を取りまとめて天国へ送る機関だ。幸い、ここからそう遠くない街にあるから、四十分もあれば行って帰ってこられる。それまでまた、オリオと共に留守番を頼む」
「うん。わかった」
僕は草原の方に出ていく彼を、門のところまで見送った。
「行ってらっしゃい」
僕は大きく手を振った。
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