第41話 演劇
「盗んだ宝石を返しなさい。さもないと、八つに裂いて鳥肉にするよ」
マキは凜とした態度で、木の上のカラスを脅した。彼女の鎌の刃が、やる気に満ち溢れてビュンと空を切る。
オリオと同じことを言っている。
さっき話した作戦では、細かいセリフまでは決めなかったはずなのに。
僕は心の中で、似たもの同士の二人を微笑ましく思った。
でも顔はできるだけ、いかめしい表情を努めた。
僕の隣では、オリオも精一杯の威勢を込めて、カラスを睨みつけている。
カァ!
カラスは青い宝石を掴んだまま「やれるものなら、やってみろ」と鳴いた。
「やぁっ」
マキが気合を入れて、飛び上がった。彼女は魔法を使ってカラスの元へ急上昇すると、えいっと鎌を横向きに振る。
カァッ。
カラスは驚いて首を縮めた。
カラスの頭上を通過した刃が、バキッと音を立てて木の幹に食い込んだ。
カラスはその隙に体勢を立て直すと、パサパサと羽ばたいて、向かいの木のもっと高い枝へ場所を移した。
マキは音もなく着地すると、オリオを振り返った。
「やっぱり私だけじゃダメだ。鎌を制御しながら、あんな高いところまで飛ぶのは、私の魔力ではあと何回かが限界」
オリオは指をポキポキと鳴らした。
「オーケー。アシストは僕に任せて」
彼はバレーボール選手のように、両腕を伸ばして斜め下に構えた。その腕の上に、マキが魔法で体を浮かせながらトンッと飛び乗る。
「せーのっ」
オリオは掛け声をかけて、彼にできる限界レベルの魔力を込めてその腕を振り上げた。その勢いでマキが飛び上がる。
彼女はオリオの魔法に助けられながら飛んだ。
飛行に使わなくてよくなった魔力と集中力を、彼女はその鎌に込める。
「えいやっ」
戦士のような迫力で、マキは再び刃を横向きに振るった。今度の刃はカラスのすれすれを通過した。カラスは飛び退いて、さらに高い枝へと逃げていった。
マキは悔しい気持ちを装って、歯を食いしばってみせた。
「次こそ絶対当てる。オリオ、もう一回!」
「任せな、相棒!」
それから彼らは何度か、今の試行を繰り返した。しかし、カラスは徐々に高度を上げ、一方二人は魔力をどんどん消耗していく。
「やっ」
ついにマキの飛行高度が足りなくなり、カラスより低い位置で刃が空振った。
彼女が力なく着地する横で、オリオは苦手な魔法を使いすぎて肩で息をする。
カア。カア。
カラスはからかうように笑った。
カラスは今度ばかりは高い枝に逃げずに、同じ枝の先端に止まったまま僕たちを見下ろした。
僕たちはこっそり目配せした。
今がチャンスだ。
「もう一回!」
オリオが力を振り絞るように叫んで、残っていた魔力を全てその腕に込めた。マキが再び、鎌を構える。
今度の高さは十分だった。しかしマキはカラスがいる枝の先端よりも、二メートルほど幹の方にズレた位置に上昇した。
これでは、刃は届かないだろう。
カラスの心の声がその瞳に現れた。
そのとき。
「はっ。残念でした!」
マキは鎌を思い切り縦に振り上げると、そのまま全力で枝にぶち当てた。
サクッ。
小気味良い音がして、枝が落ちる。
カァ?!
油断し切っていたカラスは、枝と一緒に地面まで落下した。
彼は慌てて飛びあがろうと、体を起こす。
しかし。
「ごめんね、触るよ」
木の影から現れた僕が、素早くカラスを取り押さえた。
「やった! 作戦成功!」
オリオが天に向かってガッツポーズした。
僕たちの作戦は、カラスが止まっている枝を切り、枝もろとも彼を地上に落とすというものだった。
そのためにまず、僕たちはカラス自身を標的にしているふりをした。
そして、できるだけ真剣に見えるように、マキとオリオでカラスを狙ってもらった。
二人はカラスを油断させるため、わざと失敗を繰り返した。悔しがったり、体力を消耗している演技をした。
そして油断し切ったカラスが、ついに枝から枝へと飛び移らなくなったときを狙って、足場を切り落としたのだ。
僕は二人が頑張っている間、カラスに気づかれないように、木の陰に移動していた。そして、カラスが落ちてきたのを見計らって、彼を捕まえた。
カァァ。
カラスは僕の手の中で、悔しそうに鳴いた。
オリオがやってきて、鉤爪からイヤリングを抜き取った。
「ったく。次やったら本当に四肢をもぐからね」
ご機嫌な声で、彼は恐ろしいことを言う。
僕が手を離すと、カラスは慌てふためいて森の奥へと飛んでいってしまった。
「はぁ、一件落着。よかったね、オリオ」
マキの弾んだ声が聞こえたので、僕は彼女の方を見た。
彼女は深海色のローブをはためかせ、エバーグリーンの瞳を輝かせながら、太陽を浴びた草原のように眩しい笑顔を向けていた。
彼女がそんなふうに笑うのを、僕は初めて見た。
マキは言った。
「ちょっと疲れたけれど、楽しかったね」
オリオは耳飾りを両手で抱きしめながら、少しはにかんで笑った。
「だね」
無事にイヤリングを取り返した僕たちを、夕焼け色の光が照らし始めた。
オリオの耳元の青い宝石が、その光を反射して暖かに輝いている。
「そろそろ帰ろう」
オリオの言葉に、僕は「そうだね」と返した。
マキはいつものように、冷静だけれど柔らかい瞳に戻って言った。
「私はもう少し、ここで魔法を練習する。さっきはオリオに頼ってしまったけれど、本当は飛行しながら鎌を振るぐらい、できて当然のことだから」
オリオが不安をその声ににじませた。
「え、嘘。それじゃあ飛行単体でもダメだった僕は、死神失格?」
マキは首を振った。
「飛ぶか切るか、どっちか片方ずつでも、魂回収任務の遂行に支障はないと思う」
オリオがよかったと、安堵のため息を洩らす。
マキは誰ともなしに呟いた。
「でも私は、できて当然にならなくちゃ」
夕陽はどんどん弱くなって、彼女に深い陰を落としはじめるようだった。
「練習、無理はしない程度にね」
僕が言うと、彼女はすいっと鎌を肩にかけた。
「心配ありがとう。二人こそ、帰り道はカラスにしてやられないようにね」
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