たった一人の彼女

第42話 十二死神

それからまたもや、日数が経った。


現世鏡で見たお医者様の予想に反して、僕の魂はまだグリモーナに引き止められたままだった。


その間にも、若木のジュリアはさらに少し背が高くなり、枝も長くなった。


夢の中、少女の姿をした彼女は、内緒話をするように打ち明けた。

「私ね、もう少しで、枝の先につぼみを付けられると思うの」


打ち明け話を聞いた僕の心は、春を待つ蝶のように浮き立った。

「きっと美しい花が咲くよ。ああ、それをこの目で見られるなら、僕はもうしばらく死にかけたままでもいいかもしれない」


現世にいるはずのすみれの花冠の女性のことを思うと、僕は現世に恋こがれる。けれど、ジュリアのことを思い浮かべると真逆のことを考えてしまう。


そして今の僕には、すみれの彼女との思い出より、ジュリアとの思い出の方が多くなってしまっていた。


ジュリアはそんな僕を、三日月型に細められた儚い瞳で見つめた。

「あなたが現世に帰る日までに、私、きっと開花してみせる。だから、それまで楽しみに待っていてね。約束よ」


「分かった。約束する」




その日ウィルは、僕を外出に誘った。

「今日は街に行くのだが、ロミも一緒に来てもらえるかい?」


この世界に来てからというもの予定表はいつでも空っぽだったから、僕は深く考えずに答えた。

「うん。いいよ。街に行って何をするの?」


「知り合いの十二死神の一人に会いに行こうと思ってね」


僕は耳慣れない言葉に、首を傾げた。

「十二死神?」


ウィルは説明した。

「この世界には十二人だけ、神から特に強い力を授かっている死神がいる。ここでいう強い力とは物語の英雄のような性質のものではなく、人間でいうところの権力に近しいものだ。神の代理としてこの地を統治するワタリガラス大公の補佐として、十二死神たちはグリモーナを管理し、必要とあらば命令を下す権限を持っている」


「たった十二人と一羽で、全ての死神を管理しているんだね」


僕が感心すると、ウィルは深く頷いた。


「十二死神に任命される者は、魔力、知力ともに秀でた人物ばかりだよ。今日会いに行くサリアという死神も、人間の魂を回収するだけでなく、その研究もしている。彼女以上に人の魂に詳しい者を、私は知らないよ」


ウィルは尊敬の念を込めてそう語った。


それから、ふっと嫌なことを思い出したように顔をしかめた。

「そういえば、ハリスも今は十二死神の一人だな」


「そうだったんだ」

僕は意外に思った。


ハリスははっとするほど端正な外見だし、病の木の研究者としてもきっと優秀なのだろうけれど、それを誇示したり権力を見せつけたりする姿は今まで一度も見なかったから。


僕の表情を読み取って、ウィルは言った。

「能ある鷹は爪を隠すという。彼の場合は、悪い意味かもしれないが」


僕が返事に困っていると、ウィルは表情を切り替えた。

「さて、出発しようか。もう馬車は呼んである」


僕はそのとき、あることを思いついてウィルをとどめた。

「ちょっと待ってて」


それから僕は、オリオを探して階段を駆け上がった。


街に一緒に来ないかと誘うと、彼は表情を輝かせた。

「行く行く。たまには本の世界を離れて、現実の街も視察しておかないとね」




馬車は黒い森のふちに沿った小道を進んだ。前回とは違う道だ。


ウィルは車窓ののどかな景色を楽しみながら言った。

「サリア邸は街のはずれにあってね、死立研究所とは経路が違うのだよ」


オリオもこの道は初めて通るようで、物珍しそうに外を眺めながら尋ねた。

「いつも一人で外出するのに、今日はどうしてロミを誘ったの?」


僕もその理由は気になった。


ウィルは僕たちに向き直った。

「サリアは、人間の魂の医者のようなことをしているのだよ」


オリオはさらに質問した。

「魂の医者? 普通の医者と違うの?」


「一般的に医者は肉体が患う病気、つまり科学性疾患を診る。彼女の専門は魂が患う病気、つまり魔法性疾患だ」


僕は前にウィルと植物園で話した記憶をたぐりよせる。

「魔法性疾患。現世でいう呪いのことだったね」


「ああ。現世鏡によると、ロミの肉体は魂を受け入れうる状態だ。それにも関わらず、神が一向に現世に帰してくださらないということは、魂の方に致命的な呪いが隠れている可能性があると考えたのだよ」


「そういうことだったんだね」

僕は言った。


ウィルが僕のことを気にかけてくれていたことは嬉しかったけれど、致命的な呪いという言葉の暗い響きが、僕を何ともいえない不安な気分にさせた。

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