第44話 約束

サリアはさらにいくつか、呪いの症状の例を挙げた。それらはすべて、僕には覚えがないものだった。


彼女は五分もしないうちに匙を投げた。

「症状に自覚がないのであれば、私には対処のしようがないよ」


「そうですか」

不安だけれど、僕にはそう返すしかなかった。


「さて」とサリアはこれで一区切りついた、と言いたげに肩を回した。

「私はもう行くよ。死神相手ならともかく、人間なんぞに長い時間を割けるほど私は暇じゃあないんだよね」


彼女は死神の世界の管理で手一杯だからそう言ったのだろうと思ったけれど、その冷たい言い方は僕の心にかすり傷を残した。


ウィルがほんの少し皮肉を含んだ口調で、サリアのせっかちな様子を指摘した。

「十二死神ともあれば、忙しいのだろうね」


サリアは愚痴っぽいため息をついた。

「全くだよ。最近は医学の進歩とやらで、人間の人口が増えすぎて困る。いつも効率化に気を配っていないと、死神の人手はすぐに足りなくなってしまう。現に今もワタリガラス大公から、魂回収の効率化を図るため、新魔法を創出せよとのお達しを仰せつかっている」


「なるほど。それは大変だね。万が一、神が私を十二死神に指定するようなことがあれば謹んで辞退することにしよう」

ウィルが軽口を叩いた。


僕はなんとなく心に引っかかったサリアの言葉を、心の中で繰り返した。


新しい魔法を作る。

どこかでそんな話を聞いた気がする。


そう思った途端、ナイフのような激痛が心臓を貫いて、僕の意識を飛ばした。




気づいたときには、僕は家の中にいた。覚えていないはずなのに、僕はここがすみれの花冠をくれたあの人の家だと、すぐに分かった。


部屋には何冊も魔法書が散らばっていて、いたるところに魔法の薬が入った瓶や、薬草が置いていあった。そういえば彼女は魔法がとても得意だった、と身に覚えのない情報が頭の中を通り過ぎる。


すみれの花冠の女性はその部屋の中で、こっちに背を向けて立っていた。彼女は魔法の炎で鍋をあたため、そこに薬品を一滴ずつ慎重に落としていた。集中しているのか、僕には気がついていない。


「何作ってるの?」

僕が声をかけると、彼女は飛び上がって驚いた。


「ロ、ロミ! いつからここにいたの?!」


「ついさっき、来たところだよ」


「な、なんだ。そうだったの」


彼女は誤魔化すように笑った。それから、いくらか落ち着きを取り戻すと、鍋の中身を隠すように僕の前に立った。


「今、新しい魔法を作っているの。どんな魔法かは、まだ内緒」


彼女が唇に人差し指を当てる。僕は期待を込めてきいた。

「魔法が完成したら、見せてくれるの?」


彼女はぎくりと、答えに詰まった。


それから彼女は急に表情を真剣なものに変えて、僕の両手を包み込むように握った。

「ねえ、ロミ。あなたは私の大切な人みたいに、急にいなくなったりしないって約束してくれる?」


僕は、森の小道を歩いた記憶の中で、彼女が言っていたことを思い出した。

大切な人を失って、今はたった一人なの。


彼女はすがるような目で、僕を見つめた。


だから僕は迷うことなく頷いた。

「もちろん。約束するよ」


すると、彼女は悲しげな微笑みを浮かべた。

「ありがとう。ならいいの。新しい魔法。楽しみにしててね」


そこで、この記憶は途切れた。




ふと気がつくと、僕はまた豪奢な応接間に戻ってきていた。


いつの間にか僕の手を握ってくれていたオリオが、尋ねた。

「また何か思い出したの?」


「うん。また、すみれの花冠のあの人のことを」


さっきの彼女は、何か隠し事をしているようだったな。

僕は不意に、そんなことを思った。




僕の様子が落ち着いたのを確認して、サリアは僕たちを玄関まで送り届けた。


「また症状が分かったら、出直しておいで。そのときは何かしてあげられると思うから」


彼女に言われて、僕はぺこりと頭を下げる。

「分かりました。ありがとうございます」


頭を上げたちょうどそのとき、玄関の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

その声はこう言いながら、玄関をくぐって家の中に入ってきた。


「サリアお姉さま。魂の腐敗部分の切除作業、全部終わったよ」


声のした方を見ると、そこにはエバーグリーンの髪の少女が、見習い用の死神の鎌を左肩にかけて立っていた。


僕はその姿が見間違いではないことを確認するために、まぶたをを何度か閉じたり開いたりした。


やはり見間違いではないと確信したとき、オリオが玄関ホールにこだまするほど、大きな声を上げた。

「なんでここにいるの、マキ?!」


そこにいたのは、マキだった。


彼女も冷静だった瞳を大きくして、僕たちを見返す。

「それはこっちのセリフ。オリオたち、どうして私の家にいるの?」


私の家、という言葉に、僕たちは顔を見合わせた。


オリオは頭を抱えた。


「たしかに、マキの家は街のほうにあるって聞いてはいたけれども。まさかこんな豪邸に住んでるなんて、思わないじゃん?!」

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