第114話 遺書

僕は最初から順を追って、ジュリエットが書いた丁寧な手書きの文字を読んでいった。


————————


親愛なるロミへ


この手紙を読んでいるということは、あなたは死の淵から帰ってきたのですね。

そして私はすでに死んでいると思います。


まずは、意識が回復してよかった。

そして本当に、ごめんなさい。


私は今、呪いにかかって意識を失ったあなたのすぐ隣で、この手紙を書いています。いつか目を覚ましたあなたが、これを読んでくれる日が来ると信じて。


といっても、目覚めたばかりで混乱しているかもしれないから、まずは状況を説明させてね。


私はあなたに、おぞましい呪いをかけてしまった。過去に失ったある人を蘇らせるために、あなたの魂を奪って、その魂をあの人の肉体に閉じ込めようとした。


それだけでは飽き足らず、私はあなたの魂に幻覚を見せる呪いもかけた。あの人の肉体に入り込んだあなたが、私を愛してくれるように。彼がかつて私にむけてくれたのと同じ愛情を、私に向けてくれるように。


本当に、本当にごめんなさい。


今ではちゃんと、分かっています。あんなやり方で無理やり彼を取り返しても、私の幸せは戻ってこない。そればかりか、ロミまで失ってしまう。


優しいロミ。最初は私、あなたから魂を奪うことだけを考えて、仲良くなろうとしました。酷いでしょう。許してなんて思わないわ。


でもね、私、あなたを刺してしまったあの日に、ようやく気がついたの。あなたも、私にとってはかけがえのない存在だったってことに。


気付くのが遅くて、ごめんなさい。


ロミが意識を失ってから、私は一生懸命、呪いを解く方法を探した。知っている限りありったけの回復魔法や祝福魔法を使って、あなたを目覚めさせようとした。


それが少しは効いたのかな。今、隣で眠っているあなたは、胸の傷だけは何とか止血ができています。


でも、肉体を仮死状態にするために与えた脳神経への影響は、私の力では取り除けないままです。それに魂に影響を与えるはずの幻覚症状も対処できていません。というか、対処してみようにも、あなたの魂が見つからないの。


ねえ、ロミ。もしかしてロミの魂は、もうあの世に行っちゃった後なのかしら。


とにかくこれ以上、私一人で頑張っても、時間ばかり無駄に過ぎるだけ。その間にも、あなたの肉体はどんどん弱っていく。だから私、この手紙を書き終えたら、救急車を呼んでみようと思う。お医者さんなら私ができないことも、できるかもしれないから。


それも終わったら、私は自分の罪を償います。幸い、あなたを刺した短剣がまだ手元に残っている。これは魔法で切れ味を鋭くしてあるから、喉を掻き切ることも、心臓を貫くことも簡単にできるわ。たとえ自分のであってもね。


さて書きたいことは、あらかた書きました。今からこの手紙に、フクロウ郵便の魔法をかけます。あなたの意識が戻った日の夜に、この手紙が届くように。


最後に、私からのメッセージ。

以前にも伝えたかもしれないけれど、もう一度言っておくね。


他人の期待にばかり振り回されちゃいけないよ。

誰がなんと言おうと、ロミはロミ。

あなたがしたいと思うことを、自由にすればいいの。


だから忘れないで。

あなたはあなたの人生を歩みなさい。


どうか自分を大切に。


ジュリエットより


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読んでいる間ずっと、様々な感情が湧きあがっては通り過ぎた。心がどんどん掻き乱されていくのだ。


手紙を読み始めたばかりの僕は、ジュリエットの言葉遣いに安心感を覚えていた。家族のことすら覚えていないのに、彼女の話し方はきちんと覚えていたのだ。


しかし、そんな自虐的な安心感はすぐに、悲しみに塗り替えられた。彼女の心の底からの後悔の気持ちが「ごめんなさい」と謝る言葉から伝わってきたから。


ジュリエットのためなら、この魂なんて捧げてもよかったのに。

反射的にそんな思考が湧き上がる。


でもなぜそこまで思えるのか、今や僕自身にも不思議だった。

悲しいのか、不思議がっているのか、自分でも分からなくなっていく。


そして、ジュリエットからの最後のメッセージ。

正直、その内容もあまり理解できなかった。


『誰が何と言おうと、ロミはロミ』


そんなこと、彼女に言われなくたって分かっている。

だって、僕は僕だもの。


記憶はほとんど失った。けれども、僕が僕であることに変わりはない。


でもどうしてだか、そのメッセージを読んで、涙が止まらなくなった。温かいのに、胸が切られるようだ。涙が、訳もわからないままに、ほっぺたをつたい落ちていく。


僕はジュリエットからもらった手紙を、ジュリアの果実と一緒にして、大切にしまい込んだ。

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