第31話 師弟

ウィルが帰ってきたのは、それから五分ほど経った頃だった。


「待たせてすまないね」

彼が謝ると、ティルトはいつもの調子に戻って言った。


「呼びつけといて遅刻してんじゃねぇよ」


「本当にすまない。しかし文句の半分は、死神使いの荒い、我らが創造神に申しつけておくれ」


「たったの三連勤で何言ってんだ。こっちは五連勤したあとだぞ」

ティルトは現世の感覚での正論をぶつけた。


僕は意外に思った。

なぜなら実際、ウィルが三日連続で働いているのを見たのは、今日が初めてだったから。


ティルトの指摘を、ウィルはハエか何かのように振り払った。

「それは、君の手際が悪いのだろう。精進したまえ」


ティルトは小さく舌打ちした。

「あんたの手際が良すぎるだけだ」


ウィルはコホンと咳払いして、話を変えた。

「さて、わざわざティルトに来てもらったのは、大切な話があるからだ。オリオと、ロミも聴いてほしい」


何の話が始まるのか、全く予想がつかなかった。


けれど、それは他の人も同じだったようで、オリオだけでなくティルトまで、落ち着かなげにウィルを見つめた。


彼はこう切り出した。

「単刀直入に言おう。ここにいる全員が既に認知しているとおり、オリオは魂に死の気配を溜め込みすぎている。もしこのまま現世に帰れなければ、彼は死ぬか、死神としての余生を過ごすか、過酷な二択を迫られることになる」


ティルトが口を挟んだ。

「二択でも何でもない。さっさと死んだほうがいい」


オリオはこれを聞いて、キッと目を細めた。僕はとっさに、彼のそばに武器になるものが落ちていないか確認した。


よし、今はコーヒーカップぐらいしか彼の手に触れられるものはない。


ほっと胸を撫でおろす僕をよそに、ウィルはどういうわけかティルトの言葉にクスリと笑った。


「君は素直さとは対極にいるようだね、ティルト。


確かに人間は本来、死神として生きるように作られていない。


それを無理に適応しようというのだから、いっそ命を経ってしまいたいと思うほどの苦難に見舞われることもあるだろう。


しかし死神は神の道具、勝手に死ぬことは許されない。


途中で運命から逃亡しようと考えたときには、もう逃げ道は塞がれている。それが死神として生きるということ。それ相応の覚悟が必要だ。


君はそういうことを言いたかったのだろう?」


オリオとティルトの声がかぶさった。

「多分違うと思う」「そんなんじゃねぇよ」


ウィルは何事もなかったかのように続けた。


「まあ、それはさておき。現時点ではまだ、オリオが死神として生きる道を選ぶ可能性も十分にあるわけだ。そこで彼の監督者たる私は、彼がその道を選んだ場合に備え、彼の師となる死神を決めなければならない」


「あれ、ウィルは師匠になってくれないの?」

「そんなの、あんたがやればいいだろ」


オリオとティルトがまた二人同時に喋った。直後、二人の目が鋭くぶつかり合う。


ウィルは言った。

「最初は私もそう考えた。しかし、思い直した。今はこう思う」


そこで彼は言葉を切った。

彼は僕たち全員と目を合わせるように視線を動かすと、驚くようなことを口にした。


「ティルトこそ、オリオの師として最適な死神だ。ティルト、この大役を引き受けてはくれまいか」


少しの間、ここにあるもの全てが息を止めた。


最初に反応したのはティルトだった。

「断る。逆に何でいけると思ったんだ」


オリオもすぐさま乗っかった。

「そうだよ。何が悲しくて、こんなやつのこと師匠と崇めなくちゃいけないんだ」


僕も思わずウィルに尋ねた。

「なぜ、ティルトが適任だと思うの?」


彼は申し訳なさそうに肩をすぼめる。

「それは、私は魔法を教えるのが大の苦手だからだよ」


「そうかな? ウィルは魔法が上手だから、いい先生になれるんじゃない?」


ウィルは悩ましそうに目を閉じた。


「ああ、確かに私は魔法が得意だ。並の死神よりも、かなり。そのせいかしれない。言い方は悪いが、私には魔法の苦手な人間がどうして魔法を操れないのか、皆目見当がつかない。おかげで、私の魔法指導はたいそう難解だと定評がある。そうだったな、ティルト?」


ウィルに話を振られて、ティルトは苦々しい顔をした。

「確かに。これ以上ないレベルの抽象的かつ曖昧な指導で、微塵も参考にならなかった」


今度は、オリオが口を挟む。

「なぜ、ティルトがそれを知っているの?」


するとウィルはサラッと述べた。

「彼は私の弟子だったのだよ」


「「えっ」」

今度は僕とオリオが同時に声を上げた。


オリオはガタンと背中を椅子に預けて、天井を仰いだ。

「二年半も一緒だったのに、一言もそんな話はしてくれなかった!」


ウィルはすまし顔で言った。

「聞かれなかったからね」


彼はまだ色々言い足りない僕たちを制して、続けた。


「ティルトもオリオと同じで、魔法が苦手だった。しかし今は、立派に一人前の死神として活躍している。ティルトなら、オリオを的確に導くことができよう。どうだい、君たち、師弟になる気はないか?」


「「絶対にお断りだ」」

ティルトとオリオの声がピタリとかぶさった。

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