第26話 密会

オリオは今度こそ涙を止めると、僕を促した。


「さあ、もう夜も遅い。こんなところでうっかり眠ってしまったら、そこの風邪の木にしてやられるよ」


僕は彼に引っ張られるように、部屋まで戻った。




僕はベッドに大の字に倒れ込んで、何もない空間を見つめた。

とても落ち着いて眠れるような気分ではなかった。


僕はなんて心ないやつなのだろう。

自分の手のひらに、爪を立てた。


今になって思えばオリオは、現世に帰れないかもしれないと聞いたあの日から、すぐ目の前までやってきた死という恐怖に、ずっと一人で耐えていたに違いなかった。


僕は、彼がわざと気丈に振る舞っている姿を、見たままの意味で信じてしまった。

彼の気持ちを想像することもしなかった。


それどころか、彼を苦しめ続けた病の木を気に入って、自分で世話をしさえもした。


僕は耐えられなくて、まぶたをギュッと閉じた。

彼は毎日、どんな気持ちで僕を見ていたのだろう。




しばらく時間が経っただろうか。


僕はいつの間にか、真っ暗闇の中に一人で立っていた。手を伸ばせば指先が見えなくなるような、そんな深い暗闇だった。


きっとこれは夢の中だ。眠れる気持ちではないと言いながら、睡眠の誘惑に負けて眠ってしまったんだ。そう悟った。


下を見ると、消えかけのスポットライトのような光がぼんやり足元を照らしていた。


一歩足を踏み出すと、その光も一緒に動いた。僕は闇の中を、あてもなくさまよい歩いた。その間、僕の心も同じように、暗い気持ちの中をぐるぐると回った。


どれだけの距離を歩いただろう。時間の感覚はとっくになくなっていて、まだ歩き始めてからそれほど経っていない気もしたし、それでいてもう永遠に彷徨い歩いたんじゃないかという気もした。


そんなとき、ずっと黒一色だった視界に、ポツンと小さな光が現れた。

この世界に、そんなものが存在することが意外だった。


僕はスポットライトのように降り注ぐ遠い光に向かって、ふらふらと歩いた。


光の中には誰かが背を向けて立っていた。もう少し近づいて、その人の姿が見えるようになると、僕は思わず立ち止まった。


銀のバレッタでまとめられた紫のウェーブ髪。

黒と紫のワンピース。


そこにいたのは、前にも夢で出会った少女だった。


僕が早足に近づいていくと、彼女はパッと振り返った。少女の不安げな瞳と目が合った。少女はやってきたのが僕だとわかると、少しだけ表情をやわらげた。


「ああ、ロミ」

彼女は僕の方に走り寄ってきた。僕たちの足元を照らす光の輪が交わって、一つになった。


彼女はガラスのアートのような儚さで微笑んだ。

「会いにきてくれないかなと、ちょうど思っていたところなの。お礼を言いたくて」


「お礼?」

僕は聞き返した。


その反応が予想外だったのか、彼女は丸い目をパチパチとしばたいた。

「さっき私のことを守ってくれたでしょ? ほら」


彼女は右手の甲で髪をそっと持ち上げた。現れた彼女の白い首には、真っ赤な傷が横切っている。


「どうしたの、その怪我」

思わず声を上げると、彼女は僕に訴えた。


「死神の鎌で切られそうになったの。ロミが守ってくれなかったら、私、今頃、薪になっていたわ」


「薪?」

僕はその不思議な言い回しを繰り返した。


少女は聞こえなかったのか、右手で傷跡を押さえながら夢中で話し続ける。


「鎌の刃があんなに冷たいなんて私、知らなかった。あんなのにもう一度でも触れられたら、私、切られる前から本当に折れてしまいそう! それにこの傷、今はふさがっているけれど、ふとしたことで、またぱっくり開いてしまうんじゃないかとつい想像してしまうの」


少女はそこで、僕がぼうっとしているのに気がついて言葉を止めた。


「ロミ。もしかして、私のこと分からない?」

少女は悲しげな目で僕を見た。


僕は少女のことをじっと見つめ返した。


今の話を聞いて、彼女が誰なのか分かった気がした。

彼女の瞳や髪の紫色は、よく思い出してみれば僕の知っているものだった。


でも、そんなことってあり得るのだろうか。


いや、そもそもこれは僕の夢だ。

夢なら、どんな奇跡だって起こるだろう。


僕はそっと、彼女の名前を呼んだ。

「ジュリア?」


彼女の表情がパッと花やいだ。

「そうよ、ロミ。私よ!」


少女がそう言った途端、さぁっと光が差し込んできて、僕たちの周囲から闇が消えた。闇の中から現れたのは植物園。そう、僕たちは今、植物園にいた。


「本当に君なの?」

僕は思わず尋ねた。


彼女は優しく微笑むと、作業台上の植木鉢にそっと手を乗せた。植木鉢には、少女と同じ紫色をまとった若木が立っている。


「そう。これが私。あなたがジュリアと名前をつけた、この木が私の本当の姿」

少女は若木の葉を撫でた。その葉と同じ形をした銀のバレッタが、光の中でピカリと輝いた。


今や美しい満月が、僕たち二人を照らしていた。青い光に照らされた植物園は、繊細に作り上げられた舞台のセットのようだった。


月はこの舞台の主役、少女の姿をしたジュリアにその光を惜しみなく注いだ。


「信じられないよ。こうして君と、話ができるなんて」

僕はささやくように言った。


「あら、信じてくれないの?」

少女は意外そうに、僕の瞳を覗きこむ。


僕は笑って首を振った。

「もちろん信じるよ。だって今、君に会えて、こんなに嬉しい気持ちなんだから」

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