第77話 青いお守り

中央塔を最上階まで貫く長い長い階段に、ネズミの立てるような小走りの足音が響く。先頭はマキ、続いてオリオ、その後ろをティルトと僕という並びで、明かり一つない暗闇を、僕たちは追い立てられるように走った。


「警備カラスはうまく対処したんだし、もう少しスピード落としても大丈夫なんじゃない?」


そう尋ねるオリオは、早くも息が上がっている。

しかしマキは振り返らずに、また一歩階段を駆け上った。


「ここのカラスは、現世のほどヤワじゃないよ。あの程度の目眩しじゃ、数分もすれば回復する。さっきのは、ちょっとした足止めに成功したってだけ」


それを聞いた僕は、思わず大きな声を出した。


「彼はすぐに元に戻るんだね。ああ、よかった!」


さっきの閃光が、あのカラスを失明させていたらどうしよう。さっきからそのことばかりが頭を駆け巡っていた僕は、心を縛り上げていた罪の鎖がほどけていくのを感じた。


しかしそんな事情など知るはずのないマキは、とても面食らったようだった。


「よ、よかった? あの警備カラス、視界が復活したらすぐにでも死神に救援を要請しにいくだろうし、そうなったら、ジュリアを取り返すどころじゃなくなっちゃうけど」


「それでもだよ」


僕は次の一歩に力を込めて、また段を登った。





駆け上がるうちに、踊り場の先に見覚えのある扉が現れた。それは前にワタリガラス大公に案内された、現世を映す不思議な鏡が置いてある部屋だった。


鏡で見た現世の肉体のことに、チラリと思いを馳せる。


僕の胸に巻かれていた包帯はもう取れただろうか。

お医者様は元気にしているだろうか。


そのとき。


「隠れろ!」


切羽詰まったささやき声とともに、乱暴に肩を引っ張られた。体勢を崩し、そのまま倒れ込むように引っ張られた方向へと走る。上手くバランスが取れず、床に手をついた矢先、背後でパタンと扉が閉まる音がした。


顔を上げると、僕は現世鏡の置いてある魔道具部屋の中にいた。両隣には、床に投げ出されたような体勢のマキとティルトもいる。振り返ると、オリオがたった今閉めたばかりの扉から、外の様子を伺っていた。


「チッ、なんのつもりだ」

「しっ! 声を出さないで」


ティルトの苛立った小声を、オリオが鋭いささやきで制す。彼の緊張した面持ちに、僕たちは言われた通り黙った。


しばらくすると、扉の隙間からほんのわずかな光がもれはじめた。

光と一緒に話し声が近づいてくる。


「カラスの報告にあった侵入者、いませんね」

「中央塔へ向かったと聞いていたが、一体どこに消えたんだ」


僕はゴクリと唾を飲んだ。やってきたのは死神だった。

侵入者である僕たちを探しているのだ。


無意識に、扉から遠ざかる方へと後ずさった。


もし彼らがこの部屋を調べてみようと思いついたら、そこで全ては水の泡だ。

息も詰まるような緊迫が、僕たちを押し潰す。


しかし幸いにも、彼らはこの部屋の扉を開けなかった。だんだんと階下へ遠ざかっていく足音に、僕たちは一斉に止めていた息を吐き出した。


「ふぅ。咄嗟にこの部屋に飛び込んだのは、間違いじゃなかったみたいだね」


オリオが前髪を払った。その仕草がとても様になっている。僕は尋ねた。


「どうして追っ手が来ているって気がついたの」


彼は髪をかき上げた。あらわになった耳には、いつもの青い宝石がある。


「さっき階段を走っていたとき、一瞬だけ、この青い宝石に反射した光が壁にちらついたんだよ。階段には灯りが一つも点いていなかったから、これは追っ手が持ってる光源から漏れたわずかな光を、イヤリングが拾ったに違いないって決め打った」


たしかに、彼の耳飾りはこの暗い部屋の中でも、魔道具の放つほんのわずかな光を受けてキラリと光っている。


「すごいよ。オリオのおかげで助かった」


感心すると、彼は嬉しそうに耳飾りの感触を指でなぞった。


「このお守り、茨病には全く効果がなかったけれど。ちょっとはあるみたいだね、ご利益!」






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作者コメント:

これは余談ですが、world is snowは『過去シーンが出てきたらいちいち読み返したくなる』という厄介な性格をしています。よって同じ性格の読者の方がいらっしゃると信じて、ここに書き残します。


前回、現世鏡が出てきたのは『第36話 包帯と傷』です。

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