第13話 ティルト

オリオの攻撃は、赤ジャケットの彼の左肘を強打していた。彼はたまらず、あとずさって肘を押さえた。


「何しやがるんだ」

赤ジャケットはオリオを、突き刺すような視線で見つめた。


僕はその隙に、弾かれたようにソファーを離れた。止まりそうだった心臓が、今になって猛烈な勢いで脈うち始めた。


「ロミ!」

オリオが僕に駆け寄ってきた。僕は彼にすがりついた。

「オリオ! こ、怖かった。助けてくれてありがとう」


彼は僕の首のうしろをなでた。

「よかった。怪我はしてないみたいだね」


それから彼は、赤ジャケットの彼に向き直った。

「何しやがるんだ、だって? それはこっちのセリフさ。ロミに刃を向けて、これで済むと思ったら大間違いだ」


僕はそのとき初めて、オリオが持ってきた黒い金属棒の全体像を見た。それは彼の背丈と同じぐらいの長さがあった。そして先っぽには、湾曲した鋭い刃がついている。


「それって、ウィルの死神の鎌?」

僕が言うと、オリオは驚いて「ええ?」と自分が持っている武器を見た。


「本当だ。夢中で持ってきたから気が付かなかった。鎌には触れないはずなのに、なぜ?」

オリオは首を横に振った。

「いや、深く考えるのはよそう。きっとこの強い怒りが神様に通じて、気まぐれに僕を助けてくれたんだ」


彼は鎌を両手で構えた。

「前から嫌なやつだと思ってたけど、今度ばかりはやりすぎだ。この僕が成敗してやる」


すると赤ジャケットの男も、鎌を持ち直した。

「お前はもう手遅れだから、せめて新入りの方だけでも現世に返してやるって言ってんだ。邪魔するんじゃねぇよ」


武器を手に、二人はにらみあった。

今にも斬り合いが始まりそうな雰囲気だった。


あれ、でもこの状況、まずいのでは。と僕は思う。

オリオはたった今、鎌を掴めるようになったばかり。

対する相手は本物の死神だ。


僕は慌ててオリオに訴えた。

「待って。僕、もう平気だから、落ち着いて。鎌なんかで戦ったら危ないよ」


しかし彼は勇ましい口調で言った。

「ロミ。安全な場所に下がってて」


「違うよ。僕、さっきのこと仕返しして欲しいなんて思ってない。オリオが怪我する方がいやだよ」


「たとえ君がアイツのしたことを許しても、僕は許せない。痛い目見せてやらないと気が済まない!」


ああ、ダメだ。全然、聞く耳を持ってくれない。


穏やかそうに見えて、植物園の木を切ろうとしたり、死神を相手に喧嘩を売ったり、意外と気性が荒いタイプなのだろうか。


「痛い目見るのはどっちだろうな」


赤ジャケットの男が言ったその言葉を皮切りに、オリオが動いた。

「うおおおおおおお!」


キーンと金属と金属がぶつかり合う激しい音が鳴り響いた。


なんとか彼らを止めないと。

でもどうやって?


僕が動けずにいると、リンリンと再び玄関の呼び鈴が鳴った。

もしかしたらウィルが帰ってきたのかも。


僕は玄関に走って、倒れこむようにドアを開けた。

「ウィル、助けて! 大変なんだ」


しかし、外には誰もいなかった。ただ静かな草原のさらさらとなる音が聞こえるだけだ。


なんだ。風に揺られて、呼び鈴が鳴っただけか。


僕が諦めて引き返そうとすると、不意に太い声が聞こえた。

「何かお困りのようだな、人間の少年」


僕はキョロキョロとあたりを見回した。しかし、やはり誰もいない。


「後ろだ、少年」

再び声が聞こえたので、僕は振り返った。


すると、呼び鈴のところに大きなカラスがとまっているが目に入った。


昨日、オリオの耳飾りを狙ったのとは違うカラスだった。というのも、大きさが普通のカラスにしては大きかったし、くちばしの下に黒いヒゲがもふもふと生えているし、何よりこのカラスは黒い山高帽をかぶっていた。


このカラスが喋ってるんだ。僕はそう気がつくと、カラスに一生懸命訴えた。

「カラスさん、家の中で鎌を持った二人が喧嘩をしているんだ。どうにか止めたいんだけど、いい方法はないかな」


そのカラスはクイっと首を傾げた。

「お前が初めてだ。私が話しているのを見て驚かなかった人間は。しかし今はそれどころではないようだな」


僕は激しく頷いた。カラスは言った。

「よかろう。その喧嘩、私が止めてやる。案内しろ」

「あ、はい」


僕はカラスを連れてリビングに戻った。二人はまだ激しくぶつかり合っているところだった。幸い、どちらもまだ大きな怪我を負っているようには見えない。


カラスはパタリと優雅に羽ばたいて食卓の上に降り立つと、凛と首を伸ばした。

「グリモーナ大公たるこの私、ワタリガラスの名において命じる。ティルト、そしてオリオ。直ちに鎌を置いて、不毛な争いはやめろ」


カラスがそう言うと、オリオと赤ジャケットの彼はハッと動きを止めた。


「ワタリガラス大公。なんでここに?」

ティルトと呼ばれた赤ジャケットの男は、困惑の表情を浮かべて言った。


「いいから鎌を置け」


ワタリガラスの命令で、彼らは鎌を手放した。周囲に静寂が戻り、僕は力が抜けて、床に膝をついて座り込んだ。


そのとき、またもや玄関の方で、リンリン、ガチャンと音が聞こえた。


「ただいま、オリオ、ロミ。やや、どなたかと思えばこれはこれは、ワタリガラス大公。それに我が友ティルトまで。これは一体どういう状況かな?」


全てが終わったこのタイミングで帰ってきたウィルは、怪訝そうな声をあげた。

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